「日吉さん。次の現文、図書館やって」
トン、と肩を叩かれたのを感じると同時に、背後からそう声を掛けられる。その声もだいぶ聞き慣れてきたけれど、やはり1番に意識が向かうのはその口調だ。テレビ以外ではその人からしか聞いたことのないその喋り方から、その声が誰のものなのかがすぐに分かる。
「そうなんだ。ありがとう、忍足君」
振り返りながら礼を言うと、忍足君は気にするなと口角を上げて微笑む。それから彼は手近な机に寄りかかると、私が教科書やペンケースを用意し終わるのを待った。
「教室変更ンなるんやったら、それならそうと早よ言ってくれへんかなぁ、あのセンセ」
「B組から図書館って、ちょっと遠いしね」
「しかも、そん次も移動教室やんか?図書館から教室戻って、すぐまた特室棟までダッシュ。めんどいと思わへん?俺忙しないん、あんま好きくないねん」
行動するんやったら多少の余裕は欲しいわ、と上体を反らせるようにして寄りかかっている机に手をついて天井を仰ぐと、不満げにふうと息を吐いた。
億劫そうに前髪を指先でつまみ、光に透かすようにして弄ぶ。
「忍足君、ペースは結構ゆっくりしてるけど行動し始めるのは早めだもんね」
「んー、あんま焦りたないしなぁ。直前になって焦るよか、必死こかんとゆっくりやれるように調整する方が気分的にも楽やんか。……あ、もう用意できたん?」
「うん。ごめんね、待たせちゃって」
忍足君はまた気にするなという風に笑うと、自分の荷物を軽く肩に乗せて「ほんなら行こか」と私を促した。うん、と一つ頷いて、忍足君の隣へと一歩踏み出す。
キュ、と床を踏みしめる音が2つ重なった。
何時からだろうか。
こうして行動を共にすることに、何の疑問も浮かばなくなったのは。
- end -
2010-02-08
忍足が自分の隣を当たり前のように占拠していることに慣れてきてしまったヒロイン。そのナチュラルさが奴の恐ろしいところ。
どうしよう、『悪い虫が』みたいなことを仰る方が多いので、自分の中でも忍足がそんな位置づけになってしまいそうです……。