拝啓 母上様
お久しぶりです、お元気ですか?私は多分元気です。
多分という曖昧な表現なのは、元気なのかそうでないのか自分でも少し判断しかねるからです。
それはともかく母上様にお伝えしたいことがあります。今回筆を執ったのはそのためです。
率直に用件だけをお伝えしても良いのですが、それだと意味が分からなくなると思うのでまずは私の近況から書くことにします。
とりあえず、下校途中に私が死んでしまったのは母上様もご存知かと思います。
母上様もさぞお嘆きになったことでしょう。あれは不幸な事故でした。一方的に不幸な事故でした。
トラックの運転手の方が死んだとしても自業自得ですが、巻き込まれただけの私は哀れすぎです。落ち度ゼロなのに死ぬなんて母上様もあんまりだと思いませんか?
今更ながらに丑の刻参りでもしてやりたい気分です。でも私は怖がりでそんな遅い時間に一人で外出できないので出来ませんね。残念です。きっと母上様が代わりにして下さっているだろうと思い込むことにします。
手紙なんて慣れないものを書いたせいでしょうか、話が逸れました。すみません。
ともかく、私は不運にも命を落としてしまったわけです。
でもそんな私を神様が哀れに思ったのでしょうか。なんと私、生まれ変わっちゃったみたいなんです。
あ、今嘘だと思ったでしょう。何馬鹿言ってんのかしらこの子、とか思ったんでしょう。本当なんですからね。
そんなこんなで私、が鳳として新たにこの世に生を受けてから3年の歳月が経とうとしています。
人間って不思議なものですね。無理無理無理絶対無理また赤ん坊からやり直すとかありえねえ!とかあれだけ思っていたのが嘘のようにすくすくと育ちました。
自分が赤ん坊になっていると気付いた時には愕然としたしショックで泣き叫んだりもしましたが、如何せん私の姿は赤ん坊だったので当然のごとく普通にあやされて終わりました。そりゃそうですよね、赤ん坊は泣くのが仕事って言うくらいですし。
最初の一週間くらいは泣いて暮らしました。赤ん坊なせいか涙腺も緩くなってたらしくそれはもうわんわん泣き喚いてやりましたよ。でもすごく疲れるだけで何の意味もないな、と悟ってからは夜泣きもしない大人に優しい赤ん坊になったのです。
そんな感じで自分の置かれている状況を他の人間に説明することもできないままただ眠り、食べ、また眠るという行為を只管繰り返す生活が続きました。
正直、あまりのもどかしさに頭がおかしくなるんじゃないかと思ったこともあります。頭がおかしくなるとまでいかなくとも、多少なりと人格は破綻してしまうかもしれないとはかなり真剣に思ってました。我ながらよく自分を保ったなぁと思います。
そして早く話せるようになってこの状況を説明しなければ、と思いながら日々身体や感覚が発達していくのを待つこと数年。
たどたどしくはあるものの、漸く話が出来るほどに育ちました。ですが結局このことは誰にも話していません。毎日考えているうちに、そんなことを幼児が言っても誰が信じるんだ、ということに思い至ったからです。
それにもしその話を信じてくれたところでうちの子じゃないと放り出されても敵いません。そんなことしたら今度こそ本当に死んでしまいます。まあそこまで極端なことにはならないとしても、これから鳳として生きなくてはならないのは変わらない事実なのでそんなことしても変にぎくしゃくして生活し辛くなるだけです。
そういう訳で、私なりに葛藤とかそういったものもものすごーく沢山あったんですが、こうなったらもうこのまま人生やり直しちゃうしかないってことで腹括ろう!というなんともポジティブな結論に達しました。
私は、鳳家の一員として生きることを決めたのです。
私が伝えたかったことはお分かり頂けたでしょうか。
母上様のことですから、きっと回りくどいだの分かりづらいだのと仰るでしょう。ですからこの際、単刀直入に言うことにします。
貴女の娘は、貴女の娘ではなくなりました。
突然のことでさぞ驚かれているだろうと思いますが、事実なので信じて下さると有難いです。
17年間お世話になりました。今まで育てて頂いたこと、本当に感謝しております。
それでは、どうか風邪など召されませんよう。末永く、お元気で。
敬具