私の家族を紹介します
ぽかぽかと暖かい日差し。“麗らか”って言葉がピーッタリな春の昼下がり。
本当なら何にでも興味を持つお年頃な訳だしこんな落ち着いてるはずないんだろうなー、なんて思いながら足をぶらぶらと揺らす。良い天気だから、テラスで優雅に絶賛日向ぼっこ中です。
「よーじのにちじょうって、へいわだなぁ……」
あふ、と小さく欠伸を一つ零して、暖かいなぁなんてひとりごちる。このまま寝ちゃっても構わないんだけど、こんなに良い天気だとなんだかそれも勿体ない気がする。何かないかな、と辺りを見回してみると、足元に群生するクローバーが目に入った。どうせやることもないし、久しぶりに四葉のクローバーでも探してみようか。
腰掛けていたテラスの端からひょいと庭に降り立って、もそもそと幸運の奇形クローバーを探しながらまた改めて思う。なんていうか、幼児の日常ってホント平和だなぁ……!ほのぼのっていうか!心なしか私の周囲を舞うちょうちょさんもゆったりしてるような気がしないでもない。
今現在私がいるのはどこなのかというと、鳳家の広い庭である。鳳家というと要するに、アレだ。どうやらテニプリことテニスの王子様に登場する氷帝学園2年の鳳くんのお宅らしい。
私も初めのうちはそんなこと微塵も気付かなかった。というより、そんな素っ頓狂な事態思いつきもしなかったというか。しかし一つ上の兄が長太郎という名前で、しかも隔世遺伝だか何だか知らないが何やら御髪が銀色、所謂プラチナブロンドってヤツだった上に最近になってピアノとヴァイオリンを習い始めたのを見て、ハッとしたわけで。そんな自分の記憶に残っているテニプリ知識と色々と符合する事実に気付いてからもいやいやまさか…と思っていたものの、こっそり母の携帯を拝借して調べてみたところ『青春学園』や『不動峰』なんて名前の学校があるのを知りいい加減認めようと思った次第である。
でも逆にその入り方が良かったのか、彼が漫画のキャラだということはあんまり気にしないですんでいたりする。その時の私にとって、既に彼は『偶に読んでた少年誌に出てくるキャラ』というよりも『家族』としての認識の方が強かったから。まあ正直言って、幼い彼を兄だと思うのは今でも少し違和感がある部分がないといえば嘘になるけども。
「ちゃーん、お外にいるのー?」
世の中何が幸いするか分からないもんだなー、なんて思いながらほとんど片手間に四葉を探し続けていると、家の中から「おやつよー」と嬉しいお声が掛かった。お母さんだ。
今し方私の名前を呼んだ鳳家のママさんは、共働きが珍しくもないこのご時世で子供にとって嬉しい専業主婦……いや、専業マダムである。鳳家ではお手伝いさんを雇っているので、私達の遊び相手になったり趣味の刺繍やガーデニングをしたりしながら夫の留守を守るのが主なお仕事。綺麗で可愛い自慢のお母さんだ。
そしてそんなお母さんには、もしかしたら幸運の力もあるのかもしれない。今声掛けられた瞬間に四葉見つかりました。ラッキー。
「ちゃーん?」
「はぁーい、いまいくー」
まあとりあえずクローバーのことは置いておいて、ちょっと幼児の義務を果たしてこよう。この代謝の良い身体にエネルギーを補給してやらねばならない時間みたいだからね!今日のおやつはなんだろなー!
「今日は奥様特製のワッフルですよ」
おやつおやつ!と喜び勇んでリビングに駆け込むと、今日のおやつが乗っているんだろうトレイを持った沙代子さんがニコニコと微笑みながら迎えてくれた。
沙代子さんは家の都合だとかでこの間辞めていったお手伝いさんの代わりにきた人で、鳳家のお手伝いさんになってからはまだ日は浅いけど、とっても良くしてくれる良い人だ。これまた中々の美人さん(どっちかっていうと可愛い系かな)で、鳳邸内の美形率の高さには驚かされるばかりである。
あ、あと沙代子さんはなんといってもお菓子作りが上手。毎日おやつを食べる身としては、この辺はかなり重要なポイントだ。ビバ・おやつ!ビバ・甘いもの!
「あら、でもまだお兄ちゃんが来てないわね」
「あ、じゃあわたしよんでくる!」
ふわふわ漂ってくる甘い香りに食欲をそそられて、「早くワッフルを!」とちょた君(幼児をお兄ちゃんと呼ぶのになんとなく違和感があったため名前で呼ぶことにしたところ、舌足らずで『ちょたろくん』としか言えなかった。ので、こうなった)を呼んでくるために再び駆け出す。
しかし、トッピングはバニラアイスがいいな〜、なんて既に焼きたてのワッフルに思いを馳せ始めていたせいか、数歩もしないうちにズルッと足を滑らせてしまった。
「ほら、走ったら危ないよ」
うわあああ折角両親の美形遺伝子のお蔭で実に可愛らしい容姿をしてるってのに!!なんて思いながら覚悟を決めてぎゅっと目を瞑ったところ、そんな台詞と共にひょいと体が宙に浮いた。
強制的にフローリングさんと仲良しにされてしまうところだった私を救ってくれたのは、我らが大黒柱であるお父さんだった。普段は弁護士として色々と忙しそうにしてるけど、偶の休みにはこうして家族サービスをしてくれる素敵なマイホームパパである。急がなくてもの分はちゃんととってあるからね、と言いながら私を抱き上げるお父さんは本当に理想のお父さんだと思う。うん、ホントに。
「ありがと、おとうさん!」
今度父親なら誰もが夢見る『おっきくなったらパパのおよめさんになるのー』をやってあげよう、そうしよう、と改めて深く感謝しつつ、頬に軽ーく感謝のキスを贈る。これをやるとお母さんもお父さんも凄く喜んでくれるのだ。
まあ我が子からのちゅーなんだからそりゃ嬉しいよね!このくらいの歳でなら親愛のちゅーくらい軽いもんだし、お母さん達が喜んでくれるんだったらいくらでもしますって。
それからそっと床に降ろしてもらうと、今度はゆっくり歩いてダイニングを出る。ちょた君の居場所は、庭にいた時から聞こえていたまだまだ拙いピアノの音が自然と教えてくれた。
ピアノの置いてある部屋(ちょた君がピアノを始めるに当たり、なんとお父さんは折角だからと離れを造ってしまった。「折角だから」で造る規模のものじゃないと思うのは私だけか)は防音なはずなのに、窓でも開けて弾いてるのかな。たどたどしい『エリーゼのために』が凄く可愛くて良いと思います。
「ちょたくん、おやつだよー」
「あ、うん!ありがと、」
離れの扉を押し開けながら声を掛けると、楽譜とにらめっこしていた顔をパッと上げて花が咲いたように笑う。ええそうです、この可愛い生き物が、兄の長太郎君です。ああもう、なんという可愛さ!見てよこのエンジェルスマイル!!
まだ他の子とそう大差ない身長だけど何時頃あんな大きくなるんだろ、なんて思いつつ、ふと手に持ったままのクローバーの存在を思い出してそういえばと手を打った。どうせだし、ちょた君にあげることにしよう。
「はい、ちょたくん」
ピアノを片付けているちょた君にとてとてと近寄り、ん!と四葉のクローバーを差し出す。勿論にっこり笑顔も忘れない。どうだちょたくん可愛かろう!たとえ差し出されたものが幼児の高い体温でしんなりし始めちゃったクローバーだとしても受け取らずにはいられん程度には可愛かろうて!!
ぶっちゃけると生前の私にもしこんな小さい妹がいたら、こういうことやってほしかったなぁっていう唯の願望である。基本的に小さい子は無条件に可愛いです。私に妹がいたらそらもう可愛がったのになぁ!構って構って構い倒すね!
「……!」
クローバーを差し出したままそんなことを考えながらへらへらしていたところ、不意にぎゅうっと抱き付かれて軽く窒息しかけた。このくらいの年齢だと、一歳の体格差はなかなかにキツイ。
あああ、しかしやはり可愛いですこうちの兄!そんな全力で嬉しそうにされたら私の方がメロメロですよこのやろう!ちくしょう負けた!!
ああもう、可愛いったらない。できることなら前の生で従兄弟あたりにこんな兄妹欲しかったなぁ、なんて妄想してしまう。見目の良い幼い兄妹が戯れてる光景なんて、どうせなら第三者視点で見たい。
「ありがとね、。だいじにするよ」
「うん」
可愛いいけど苦しいぎゅー攻撃が漸く終わると、ちょた君はにっこり笑ってクローバーを受け取ってくれた。それから手を取り合って本邸へと戻る。
あ、しまった。どうせあげるなら押し花にでもしてから渡せば良かったなー。お父さんの書斎には六法全書とか押し花に最適な感じの書物がごろごろしてるのに。まあいっか、今度見つけたら押し花にしよう。栞にして、お父さんにも贈ってみようか。
ここでの時間は、まだまだ沢山あるはずなんだから。
Afterword
鳳家はとにかく円満で裕福な家庭というイメージがあります。
イメージ的に一番近いのは『彼氏彼女の事情』の有馬君ち。
2010/06/13 加筆修正