人ごみが起こした邂逅


 だーれにーもーなーいしょーでーおーでーかーけーなーのだー。
 なんて、勿論冗談です。そんな無謀且つ迷惑なことをするつもりなんて欠片もなく、ただ単に迷ったというだけです。
 前の生を含めれば二十年以上生きている計算になるというのに、何やってんだろう…と若干自分でも思う。がしかし、この姿だと色々勝手が違うということも考えれば仕方ないことなんだと思いたい。だって!ちょっとよそ見しただけでほんとすぐはぐれる!気を付けてても周りが自分よりデカイのばっかだからホントにすぐ両親とか見失うんだもの!!

「……とりあえず、もう近くにはいないっぽいよね」

 買って貰ってからまだ飲み終えていなかったジュースを、ズズッと行儀悪く音を立てて啜る。
ぐるりと周囲を見回すが、やはり両親らしき人物はいない。やはり幼児のひっくい身長でこの人ゴミの中から特定の人物探そうというのが無謀なのか…!休日のショッピングモールというのは如何せん人が多くて困りものだ。

「どーこにーいーこーうかーなー、っと」

 とりあえず続きを歌ってみたりしつつ、ぽてぽてと頼りない幼児の足で歩き出す。迷子センターで放送でもしてもらえばいいだろうとは思うものの、そもそも迷子センターの位置が分からないのである。まあ、まずは案内板を探そう。多分エスカレーターとかエレベーター付近にあるでしょ。

「って、うぉ、わ、わわ……」

 迷子といっても本当の幼児と違ってどう対処すれば見つけてもらえるかくらいは分かっている。そのため大して焦りもなく気楽に鼻歌なんか歌いつつ歩いていたのが悪かったのか、目の前の角から現れた男性の足にぶつかってしまった。ドンッという鈍い衝撃と共に尻餅をつく。次いで、胸の辺りにびしゃ、と冷たいものを感じた。
 ひ、ひえぇぇぇ!ママンが見立ててくれた卸したてのワンピースがぁ!!

「あ、わ、やば、どうしよ……!!」

 さっきまでのどうしよう加減とは比べ物にならん!冷たい!どうしよう!しかも飲んでたのよりによってグレープジュース!!!
 すまない、と若干驚いたような声で謝罪されたのが聞こえたが、今はそれどころではない。今日のワンピースは可愛らしい淡めの桜色なのだ。紫の染みがこの上なく目立ってしまう!!
 歳相応に緩くなってしまった涙腺のせいで、どんどん目尻に水が溜まってきているのが分かる。くそ、動揺してるし悲しいとも思うけど泣くほどじゃないのに。泣くな、泣くんじゃない。根性みせろ!ああでも、どうにも顔が歪む。

「君、大丈夫か」
「う゛……?」

 汚れてしまった服と否応なしに溢れようとする涙にあわあわしていると、頭上から再びダンディーな声が降ってきた。それどころじゃないのに、と渋々顔を上げると、私とぶつかったのだと思われる紳士然とした男性がこちらを見下ろしていた。

「え、あ……あの……」

 今まで関わり合いになったことのないタイプの人種だったため、思わず声に違わずダンディーな顔だなぁ、などと見当違いなことを考えてしまう。そんなことを思われているとは知らない男性は、スッと膝を折り私の服に目をやると「汚してしまったな」と眉間に皺を寄せた。

「え、あ、だ、だいじょぶ、です……」
「…………すまなかった」

 この歳になって幼い子供を泣かせるとは、と呟きながらスーツの内ポケットから取り出したハンカチで目元に溜まった涙を拭いてくれる。 自分としても泣きたかったわけではないのでグッと涙を堪えると、「いい子だ」と頭を撫でられた。
 それから「これで洋服も拭きなさい」とそのままハンカチを差し出されて、条件反射で受け取ってしまった。うわ、咄嗟に受け取っちゃったけど、なんかえらい高そうだよこのハンカチ。すっごい触り心地良いんですけど。
 えーどうしよう、使っちゃっていいの?と迷っていると、黙って私がハンカチを使うのを待っていた男性が私の手からスッとそれを抜き取り、トントンと私の服を叩くようにして拭き始めた。
 へ、変に遠慮をしたばかりに紳士のお手を煩わせてしまった……!!

「早くしないと、落ちにくくなってしまうだろう?」
「はっ、はい……」

 すみません、とつい謝ると、紳士は「いや、気にしなくていい」と目元を和らげた。

「ところで、君の名前を聞いてもいいかな?」
「へ、は、はい。鳳、です……」
「そうか……では、。そういう場合は『すみません』ではなく、『ありがとう』と言うものだよ」
「え?あっ、ああ、そうですね!ありがとうございます……!!」

 至近距離で服を拭いてくれていた男性から一歩下がってペコリと頭を下げると、どういたしまして、と紳士は目を伏せて笑った。え、何?何なのこの人、かっこいいんですけど……!!
 なんというダンディズム!なんて思いつつ、思わず紳士のその整った顔をジッと見つめてしまう。するとだんだん見覚えがあるような気がしてきて、何だっただろうと少し記憶を探り始めたところでハッとした。
 この日本人離れしたダンディな顔、お高そうなスーツ、あまり趣味が良いとは言えない薔薇柄のスカーフ、それにハンカチ。

 ちょ、これもしかして、榊太郎なんじゃないですか……!?

 最期に漫画読んだのなんてかなり前だけど、特徴的なこの人はなんだか印象に残っちゃってるよ?多分、多分これそうだよね!? えええええ、マジかびっくりした!こんなところでこんな人にエンカウントするなんて!

「あの、えと……」
「とは言え、『ありがとう』というのもこの場合適切ではないな。ぶつかったのは私の不注意だ。すまなかったね」
「え、いえ!そんな……」
「それで、。君の服を弁償したいのだが……ご両親は、一緒ではないのかな?」

 そ う で し た 。
 そういえば絶賛迷子中のくせに、驚きのあまりちょっと忘れてしまっていた。だって流石にこんなところで若かりし頃(と言っても見た目はあんまり変わらないみたいだけど)の榊太郎に会うとは思わなかったんだもの。

「えっと、まあ、ちょっとはぐれちゃいまして……」

 今ちょうど迷子センターを探しに行くところだった、と伝えると、榊太郎だと思われるその紳士は「随分しっかりしているんだね」と少し驚いたように眉を上げた。それから、ふむ……と少し考える素振りを見せた後、口角を緩く持ち上げてゆるりと笑みを浮かべる。

「ではお詫びに私がそこへエスコートさせてくれるかな?」
「え?あ、いいんですか……?」
「ああ、勿論。ついでに少しだけ寄り道をしようか。君の代わりの服を探させてくれると嬉しいんだが」

 そのままでは流石に忍びないからね、と鷹揚に微笑む榊太郎は、私の予想(というか想像)に反してえらい男前でした。










Afterword

榊との出会い。でも本当に出会っただけ。知り合いになるのはまた後ほど。
2008/‐‐/‐‐