何から守る気なんですか


「あう゛ぅ……」

 暗い画面に映る、恐ろしげな“GAME OVER”の文字と無数の血痕。ガンコンを握り締めながらそれを睨みつけるが、数秒経つとパッとタイトル画面に切り替わってしまった。

「ハハッ、ダッセー!超弱ェのな!」
「しゃーないやろ岳人ー。女の子はこういうん苦手な子のが多いもんなんやし。無理に勧めといて何言うとんねん」
「ていうか岳人だって人のこと言えないCー。俺らン中で一番弱いじゃん、こーゆーの」
「うっせーよジロー!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ先輩達の声を聞きつつ、はぁと溜め息を吐く。ああ、金をドブに捨てた気分だ……。

 部活の無い水曜の放課後、兄妹揃ってさっさと帰ろうとしていたところをとっ捕まった私達は駅近くのゲームセンターに来ていた。
 アーケードゲームなんてアクションばっかりでできない、という私の主張は向日先輩の「大丈夫だって!」という根拠の欠片も無い言葉でなかったことにされ、ゲームセンターに着くなりまず最初に向かったのがガンシューティングのコーナーだった。
 そして先輩達が襲い来るゾンビを撃ち殺しまくるという趣旨のゲームをプレイした後、先輩の強い勧めにより(勧めてきたのはやはり向日先輩である)私までプレイすることになってしまった。アクション苦手だって言ったのに。

 促されるままゲームを始め、どうにかこうにかプレイし終わった結果、アクション系が大の苦手な上に怖がりな私のスコアは散々ものだった。いや、これはスコア云々以前の問題だと思う。クリアする前に喰われて死んだんだから。
 一応先輩達が先にプレイするところを見てはいたし、それを手本に頑張ってみたがやはり見るのとやるのではかなり勝手が違う。
 ジロー君が言っていたように向日先輩は得意という訳ではないらしく中々苦戦していたが(多分後先考えずに突っ込むからだと思う)普通にゾンビを撃ちまくっていたし、忍足先輩なんか雑談しながら余裕でクリアしていた。しかし私にそんな芸当ができるはずもなく、呆気なく死んだ。考えるまでもなかった。無理だ。

 なんていうか、まず突然飛び出してくるゾンビにビビッて上手いこと狙いを定められない。
 画面の奥の方からのたのたと前進してくるゾンビに標準を合わせていると、ガァァアァ!!とか叫びつつ(なんでゲーセンってこう音量をデカく設定するんだろう。心臓に悪い)いやに俊敏なゾンビが画面端から突っ込んできたりして思わずガンコンを握る手がビクリと震えるのだ。当然狙いも逸れる。そして襲われる。
 その上、弾が当たってもゾンビが中々倒れてくれない。何発も弾を撃ち込んでやっと1体倒れたかと思えばその後ろから新手が襲い来る。うん、確かにホラーゲームだ。恐ろしい。げんなりしてくる。
 隣で先輩達が「ちゃん、頭ブチ抜いたった方がええよ。眉間や眉間」「あれだっ、デコのちょい下!眉のあたり撃っちまえばいいんだよ!」「世間ではそこを眉間と呼ぶんやでー、がっくん」「うっせー侑士っ、それくらい知ってるっつの!つかがっくん言うな!」とかなんとか騒いでいたのを聞く限り、どうやらゾンビにも急所はあるらしい。でも正直に言わせてもらえば、そんなものが狙えれば苦労は無いんです先輩!

「う゛う、先輩達は何でそんな上手いんですか……」
「へへー!結構やってっからなー」
「ま、今日みたいに部活ない日にはよう来るわな。大体岳人が行きたい言うて騒ぎ出すからやけど」

 お蔭で俺までアーケードゲームなんちゅう非生産的なモン上手なってもうたわ、と忍足先輩が向日先輩に向かってわざとらしく溜め息を吐く。すると再び向日先輩が「侑士が待ってんのつまんねーって言ったんだろ!」と騒ぎ出し、忍足先輩がそれをハイハイと流す。うーん、遊ばれてるなぁ。
 ていうかいつも思ってたけど、氷帝のテニス部って全国レベルだっていう割に結構休みあるよね。週一(下手すると週二)でオフの日があっていいんだろうか。よく『1日練習を休むと感覚を戻すのに3日かかる』とか聞くけど……あーでも超回復とかいう言葉も聞くしなぁ。それにしたって中学の部活なんて毎日やるのが当たり前だった気がするのに。まあ、今は別にそんなことどうだっていいんだけど。

「だから嫌だったのになー……」
「別に、初めてやったんならあんなもんなんじゃねえの?んな気にすんなよ」

 はぁ、とまた溜め息を吐くと宍戸先輩に慰めるようにポンと肩を叩たかれた。ありがとう、氷帝の良心……。
 そりゃね、鳳家の血のお蔭なのか前より足速くなってたり色々したけど、自分がビビリなのは変わんないですよね。だって人格は変わってないんだし。アクション系ゲームが苦手なのは前からそうなんだから、諦めもつくさ。ていうか苦手でも別に支障ないしね!それに音ゲーなら割と得意だし!
 そう自分を納得させながらガンコンを機械に戻そうとすると、横からすっと手が差し出された。なんだろうと振り返ると、隣にはニッと悪戯っぽく笑う忍足先輩が。

「それ、貸してみ」
「え?またやるんですか?」
「そ、またやるん。ちゃんの仇とったるわ」

 仇ってそんな大袈裟な。
 そう思いながらもまあ悪い気はしなかったので持っていたガンコンのグリップを差し出された手に重ねる。しかし忍足先輩がそれを握る前に、大きな手がひょいと奪っていってしまった。

「今度は俺がやりますよ」
「お、なんや鳳自信あるん?」
「いえ、自信があるわけではないんですけど」

 今回が初めてなので、と言いながらチャリンチャリンと硬貨を投入していく。
 私は元々こういうゲームが苦手なこともあってあんな結果になってしまったが、ちょた君はどうなんだろう。自信があるわけではないと言ったが、自信がないようにも見えない。
 そんなことを考えながら見ていると、ちょた君はにこりと笑って「大丈夫、の仇は俺がとるよ」と言った。その一言に「ンなこと言ってホントに大丈夫かよ鳳ー」だの「それでショボイスコアなんか出したら激ダサだぜ」だのといった野次が後方から飛んできたが、ちょた君がプレイし始めるとすぐにそれもなくなってしまった。
 それくらい、ガンコンを握る兄の姿は壮絶だったのだ。
 得意のサーブと違ってそのコントロールの正確無比なことといったら、鈴木〇朗も真っ青だろう。

「自分、初めてとかほんま嘘やろ……」
「クソクソ鳳!お前実はコレやり込んでんだろ!」

 然程時間も掛けずに無傷で全てのゾンビを倒しきってしまったちょた君に、向日先輩がまた騒ぎ始める。多分仲間内で一番スコアが芳しくなかった(この際私のスコアはなかったことにする)からだろう。
 ずりぃぞ鳳!と飛び跳ねる先輩を宥めながら、ちょた君は「ホントに初めてですよ」と照れたように苦笑する。

のためなら、このくらいやれますよ」

 のことは俺が守るって決めてますから、とガンコンを手に爽やかに笑うちょた君は、恐らく傍目から見ればカッコイイに違いない。「まあ、妹思いのお兄さんなのね!」という感じだ。
 しかし何故だろう、彼の内情というか、普段の言動を知る私達にはその手に持ったガンコンが本物であるように思えてしまう。
 妹のためなら銃刀法というものが存在するこの現代日本でも躊躇いなく発砲するのでは、と思わせてしまうのが彼という男だ。これは多分、自惚れなんかじゃない。

?先輩達も、どうかしたんですか?」

 不思議そうに首を傾げつつガンコンを戻すちょた君を視界の隅に収めながら、先輩達と視線を合わせる。
 いやいやいや、まっさかぁ。多分ないよね、うん、流石に。だってここ日本だし。
 視線でそう会話しつつも、私達はとりあえず『鳳長太郎が銃火器を手にする日が来ませんように』と神様に祈っておいた。










Afterword

10万打HITありがとうございました!
普段イベントごとに全く関心を示さずサイト1周年さえもスルーしたボクですが、今回はお礼と称した転生夢をUPしてみました。お礼になってるかは分かりませんが、楽しんで頂けたら幸いです。
因みに皆がプレイしているのは某ゾンビゲーではないつもりですが、鈴〇史朗アナは某ソンビゲーが大得意なんだそうです。
2009/05/06