もしも幼馴染が〇〇だったら
佐伯虎次郎の場合
「あ、ごめんねー。ちょっといいかな?今雑誌の企画でカップルの方に簡単なアンケートに答えてもらってるんですけど……」
ある程度の年齢に成長した今、この幼馴染と一緒に街を歩くと時折ちょっと面倒臭いことが起こる。
無駄ににこにこしながら(いや、無駄じゃないのか。答えてもらえやすいように愛想良くするのも仕事なんだろうし)声を掛けてきたカメラやらバインダーやらを持ったお兄さん方に思わず内心で「うわー、きたよ面倒臭ぇ」と顔を顰めると、すぐ横に立つこーくんが「へぇー、カップルに」なんて無駄に爽やかな笑顔(これは無駄。本当に無駄。真の意味で無駄)を輝かせた。
あーもうコイツ面白がりやがって。取材のお兄さん方も面倒だけど、白々しくこんなこと言ってくるこーくんがいっちばん面倒なんだっつの!
「どうしようか、?」
「いや、普通に嫌だし。……あのー、すみませんけど時間ないんで」
他当たって下さい、と向こうが反応を返す前にさっさと歩き出すと背後で「ははっ、すみません。それじゃあ」というさっきの無駄な笑顔を再び浮かべる様がありありと想像できる声が聞こえる。そしてこーくんはすぐに私の隣へ並ぶと、「そんなに邪険にすることないんじゃない?」と愉快気に嘯いた。
「あーはいはい、そうですね。向こうもお仕事ですもんねー。でもアンケートに回答する条件に該当してないのに答えちゃうのはどうかと思いますー」
「あはは、まったくは可愛くなくなっちゃったなぁ。前はもっと慌てて否定してたのに。カップルじゃありません、って」
「こーくんに可愛いとか言われると薄ら寒いしちょうど良いよ。てゆーか、いい加減私も学習くらいするから!」
そう、最初こそ私も「いや、ただの幼馴染なんで。カップルとかじゃないですから!」なんて否定していたが、今となっては今後会うこともないような赤の他人にそんな無意味な訂正をいれることもなくなった。
その理由は純粋に『否定するのが面倒臭いから』ということも勿論あるが、それ以上に『こーくんが更に面倒臭いことになるから』である。こーくんと一緒にこの手の街頭インタビューを受けた時に下手に否定しようものなら、「ははっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。折角だから答えてみようよ」なんて面白がって彼氏面をしてくるのだ。私が強く否定すればするほど、「照れちゃって、コイツゥ☆」という薄ら寒い雰囲気をこれでもかと出してくるこの男の、性質の悪いことと言ったら!
そもそもこの佐伯虎次郎というのは嘘臭いまでに爽やかな男な訳だけど、コイツの爽やかさにはある程度の『わざと』が含まれているのだ。別に爽やかそうに見えるのも否定はしないし、こーくんの爽やか風な言動が全部狙ったものだとは言わないが、彼の周囲で囁かれているらしい『天然王子様』だとかそういった称号は全然当て嵌まらないことを私は知っている。
いいですかお嬢さん方、この人の爽やかさは語尾に『なんてね(笑)』がつく、面白半分の爽やかさなんですよ!気付いて!目を覚まして!
「あーあ、傷つくなぁ。俺とカップルに間違われるのはそんなに嫌?」
「よく言うよ。私が平然と『カップルです』なんて言うようになったらつまらなそうにするくせに」
要するに私をからかいたいだけなのだ、こーくんは。実際、私がこういうカップルネタ(いや別にネタではないんだけども)を否定せずに適当にやりすごすようになった時には、残念そうに「なんだ、ちょっとつまらないなぁ」だの何だのと言っていた。
「まったくさぁ、いっつも人のこと面白がってさ」
「ははっ!だって、からかうと可愛いからさ」
「…………!」
ついね、とウィンクでもついてきそうな感じでさらりと言ってのけるこーくんに、ぞわりと軽く肌が粟立つ。あああああ、ホントもう!この男には基本的に羞恥心というものが足りていない!!決定的に!!!
「だからそれをやめろってば!絶対わざとでしょ今の!!ほらぁ、夏だってのに軽く鳥肌立ったじゃんか!」
「あっ、ホントだ。はは、凄いな」
「私が凄いわけあるかぁ!お前がだこのバカ!」
「こら、口が悪いよ。女の子がそんなこと言っちゃ駄目だろ」
「こーくんがその薄ら寒い言動を改めるなら言わないよ!まずそっちをどうにかしろ!」
きゃんきゃんと騒ぐその様子もカップルっぽい、ということを指摘された時、私は絶望に膝を折ることとなる。
(や、やめろ!この薄ら寒さに耐えられる自信なんて私にはないぞ!)