君を忘れる第一歩



 人影も疎らな、終電間際の駅のホーム。
 辺りにちらほらと佇むのは飲み会帰りと思しき酔っ払いや、残業の疲れが顔にまで出ているサラリーマンなど、そんな人間ばかりだ。なんとなく負のオーラが漂っているようなその雰囲気は、今の自分の状況には似合いのものだろう。
 隣に立つ悪友も、同じようなことを思ったらしい。いつも通りの抑揚に乏しい声で「お誂え向きだな」と呟いた。彼とももうそれなりの付き合いになる。ひょっとして思考も似てきたのかな、と少しおかしくなった。

「ん?なんだ。失恋の痛手でネジが緩んだか?」
「うるさいよ。こんな時ぐらい好きにさせろって。……ていうかさ、ここ来るまでにも思ったけど、失恋失恋連呼しないでくれる?」
「事実なのだから仕方ないだろう。早々に受け入れてしまうことをおすすめするが」
「はっ、普通はもう少し労わるものだと思うんだけどね。初恋に破れた男の友人の行動様式として、それって正解なの?」

 そう言いながらも、容赦もなにもあったものじゃないその言葉に少し救われたような気になるのが不思議だ。そんな精神構造こそが、僕達を友人たらしめる理由なのかもしれない。

「ではなんだ、『私の胸を貸してやるから存分に泣くがいい』とでも言えばいいのか」
「なにそれ、気色悪い。ケンみたいなデカくてむさ苦しい男の胸に縋る趣味なんてないよ」
「無論、冗談に決まっている。私も君のような男に胸を貸してやるような趣味はないさ」

 絶えず軽口を交わしながら、海へと向かう電車を待つ。
 ほぼ勢いだけで始まった小さな傷心旅行。向かう先も漠然としていて明確には決まっていない。海に行ったからといって特にやることもない。泊まりで、とは言ったものの、どこへ向かうにしろ周辺地理はさっぱりだろうから殆ど野宿覚悟だ。自分も連れも男なのだから、その辺りはどうとでもなる。
 何もかも行き当たりばったりの、馬鹿な行動。しかし今の自分を客観的に評すれば『愚かな願いや軽薄な行動の数々から恋に破れた馬鹿な男』なのだから、釣り合いが取れてちょうどいいだろう。恋に破れた男の行動様式などとというものは、往々にして愚かなものだ。
 ただ少しでもこの傷みが紛れれば、持て余すだけでは足りない彼女への想いをほんの少しでもいいから置き去りにしてくることができれば、それだけで目的は達成される。

「ふむ、あと数分で電車がくるな。しかしイッキュウ、向かいのホームに12分後に到着する電車でも海へは行けるようだぞ。そちらの方が遠方だな。行くにも帰るにも、より時間が掛かる」
「ん?あー……いいかもね。もういっそ、思いっきり遠く行っちゃおうか」
「君の傷心旅行だからな。好きにするといい」

 耳に優しい言葉の一つも寄越さない代わりに随分と付き合いのいい友人は、鷹揚に頷くとさっさと踵を返して移動を始める。
 この馬鹿げた傷心旅行で、あの子を前にして浮かべる作り笑いが少しでも上手になればいいんだけど、と小さくひとりごちながら、先を行くその背を追って僕も踵を返した。





(君を心から愛していた。だから、頑張ってみるよ。君を想うみたいに、君の幸せを想えるように)