さりげなく所有権を主張




 ぱらりぱらりと、ページを捲る度に指先から乾いた音が生まれる。一定の間隔で響くそれは案外と耳に心地良いもので、それが1枚繰るごとに核心へと迫っていく展開と相俟って更にシアを夢中にさせた。
 そしてまた1枚ぱらりとページを右に送ると、それと同時に耳の辺りをさらりと撫でるように誰かが触れた。とはいえ、顔にかかっていた髪をそっと耳にかけてくれるその人が誰かなんて言うまでもないことで。

「ああ、ごめんね邪魔して」
「いえ、そんなことないですよ」
「そう?ならいいけど、ちょっとだけ手元が暗くなってたからさ」

 目に悪いかと思って、とイッキは鷹揚に微笑む。シアは何事かに夢中になると、髪が顔にかかろうが手元が陰ろうが気にも留めなくなってしまうが、そのままでは目に負担がかかるのは確かだろう。ありがとうございます、とシアが素直に礼を告げれば、イッキは「どういたしまして」と笑みを少し深くしてシアの髪をゆっくりと撫でた。

 それから再び文字を追い始めようとシアが本に目を落とすと、はらりと先程イッキが髪にかけたばかりの髪が重力に従いまたシアの手元に影を作る。今度はシア本人も流石に気になり耳にかけ直したが、暫く本を読み進めているうちにさらりとまた耳の脇から髪が零れ落ちた。

「……シア、ちょっとこっち向いてくれる?」
「はい?」
「これ、使いなよ」

 そう言ってひょいと軽く上を向かされたかと思うと、耳の少し上の辺りに何かが差し込まれる。パチ、と軽い音と共に固定されたそれに手をやってみれば、つるりとした滑らかな手触り。指先で輪郭を辿ってみれば、それが外出する際に彼がいつも身に付けている髪留めであることが知れた。
 部屋でゆっくり過ごそうと決めた休日。2人とも着心地重視のゆったりした部屋着で、髪型も軽く後ろに流したり緩く結ぶだけ、とラフなものだ。休日はこの髪留めもお役御免かと思われたが、今日は主を変えて活躍してくれるらしい。

「ま、とりあえずこれで落ちてはこないでしょ」
「ありがとうございます」

 髪留めを指で確かめながらにこりと微笑んだシアに、イッキも目を細めてまたその髪を撫でる。そうして柔らかく弧を描いた唇から、ふふ、と零れた笑いには、少しの愉悦が含まれていた。

「どうかしました?」
「ん?いや、大したことじゃないんだけどね。……ねえ、明日バイト行く時、それで行ってみない?」
「え?それで、って……イッキさんの髪留めしてってことですか?別に、私は構いませんけど……?」
「うん、じゃあそうしよう。……ははっ、シンとか嫌そうな顔するだろうな」

 シン君?と首を傾げるシアの髪をさらさらと弄びながら、分からなくていいよと愉快そうに笑う。後輩の不快そうな顔と呆れきった瞳を思い浮かべて、イッキは更に笑みを深くした。

「ただ、君は僕のだってちょっと自慢したいだけだから」





(…………格好だけで惚気るのやめてくれます?不愉快なんで)