太陽よりも眩しいひかり
「央はいかにもサンシャイン型って感じよね」
撫子がそんなことを言い始めたのは、新たな隠れ家として選んだその建物を簡単に整えていた時のことだ。目につくゴミや埃を掃きとったり、適当な布を濡らしてボロボロの家具を拭ったりしながら交わしていた、他愛ない話の中の1つだった。
彼女曰く、というより彼女が何処かで聞きかじった話曰く。人間はその性質によって、サンシャイン型とムーンライト型に分けることができるという。
サンシャイン型は自ら光を放ち、その光で他者をも照らすことができる。一方ムーンライト型は、サンシャイン型の放つ光があって初めて輝くことができるのだそうだ。
円は傷みの目立つソファに積もった埃を几帳面に拭き取りながら、「サンシャイン、ですか」と撫子の言葉を反芻する。
「あら、円はそうは思わない?」
床を掃く手を止めて小さく首を傾げる撫子に円はいいえと首を横に振って、「合ってるんじゃないですか」と軽い調子で同意を示す。あの絶えることのない明るい笑みには、サンシャインという言葉は単純にこれ以上ないほど似合いの言葉であるように思えた。
今は所用で出掛けているが、もしも本人がここにいれば「ええ〜ホント?なんか照れるなぁ」なんて言いながらやっぱりいつものように笑うんだろう。そんな様子を容易に想像することができて、自然と口角が上がる。
「央は偉大で輝かしい存在ですからね。あの異様なまでのテンションの高さは他者を照らすどころか掻き消さんばかりですが、それも央の良い所です」
「その言い方は相変わらずね……。でも今の央はそんなことないじゃない、小さい頃に比べたらとっても落ち着いたわ。きちんと周りを見られるようになってる」
「そうですね、信じられないことにだいぶまともになってます。あの央が“空気を読む”だとか“自重する”なんて高等技術を身につけられるとは露ほども思ってなかったんですが……ま、年の功ってやつですかね」
傍らに汲んでおいた水で雑巾を濯ぎつつそんな風に軽口を叩けば、撫子が「円はその年の功のおかげでこんな風になっちゃったけどね」とくすくすと笑う。その声を聞きながら、なんとなく「円はあんなに可愛かったのに」と嘆いていた頃の彼女を思い出した。
「逆に円や私なんかは、ムーンライト型っぽいわよね」
「……まあ太陽って感じでもないですしね」
円がそう返せば、撫子は「お互いにね」とやはりくすくすと密やかに笑う。そうして一頻り笑ったかと思うと、この話題を振った時と同じように「そういえば」と零してまた別の話へと移っていった。
サンシャイン。何がなくとも自ら輝くことのできる、太陽系の中心である恒星。
確かに央は、どちらかに分類するならサンシャイン型だといえるだろう。他者の力を借りずとも、その身一つで輝くことができる。
現に央は、一人になろうと道を過つことはなかった。たった一人でも正しいと思う道ならば危険を厭うことなく進み、両親のこともきちんと見つけ出して、今もなお自分の生きるこの世界のことを思って前を向いている。自らの意志で、きちんと自分の道を見つけて進んでいける。
そんな彼に依存と呼ぶべき執着を持っていた自分は、確かにムーンライト型なんだろう。昔の自分は、彼がいなくてはどうしたらいいかなんて何も分からなかった。央の存在抜きにどう自分であればいいのか、どう『英円』を構築すればいいのかさえ、自分一人では考えられなかったのだ。
せっせと手を動かしつつも、いくらも途切れることなく続く撫子の軽やかな声。鈴を転がすような、という表現が似合いのそれを聞きながら、「でも、あなたは違うでしょう」と心の中で小さくひとりごちた。
英円という人間を分類するならば、ムーンライト型だろうと自分でも思う。だから先程も撫子に同意するような言葉を返した。しかし、それは『自分がムーンライト型である』という部分へのものであって、決して『撫子がムーンライト型である』という部分に同意したつもりは少しもないのだ。撫子は自分をムーンライト型であると信じて欠片も疑っていないようだが、円にしてみれば決してそんなことはない。
急にこんな絶望的な世界に無理矢理連れて来られ、狂った組織に軟禁されて。それでも諦めることを拒み前を見据えて、自分の足で立とうとする自尊心の高いこの人は、自分の目には酷く輝かしい存在に映る。
強気な割に案外とネガティブで、綺麗事や理想論よりも現実的な話を好む。人付き合いが苦手で周囲から浮きがち。
客観的に見ればそんな人ではあるが、円にとっては光そのもののような人だった。円の持つ暗い部分に、光を齎すには十分な。
この人はぼくにとって、自分がどんな存在なのか分かっていないんだろうか。
あなたが太陽のようだと言うその央を、大切な兄を危険に晒してまであなたを拐いに行ったということが、ぼくにとってどんな意味を持つのかが分からないんだろうか。
ぼくがその太陽よりも優先してしまった唯一の存在が、自分であるということをあなたは知らないんだろうか。
他の人間がどう思うかはともかく、ぼくがそれに賛同するわけないのに。
考えてみればそもそもそのサンシャイン型、ムーンライト型、という括りも見る人によるのではないか、と円は思う。
きっと人の大部分は輝くためには誰かを必要とするムーンライト型で、本当にどこであろうと輝くことができるサンシャイン型なんてほんの一握りなんだろう。しかし自分が尊敬する人であればきっと、その人がムーンライト型だと言える人間でもサンシャイン型であるように感じるものなのだ。
(要はその人が自分にとってどんな存在か、ってことでしょ)
詰まるところ、そんな括りに当て嵌めようとすること自体が無意味なのかもしれない。
彼女自身が「自分は月だ」と言ったところで、自分にとっては太陽に勝る存在であることに変わりはないのだ。決して口に出したりは、しないけれど。
「何?どうかしたの?」
手が止まってるわよ?と声を掛けられ、いつの間にか掃除の手を止めてその顔をじっと見つめていたことに気づく。不思議そうにぱちりと瞬く瞳に、円はふっと笑みを零して「なんでもないですよ」と静かに呟いた。
「ただ、あなたって馬鹿な人だなぁと思ってただけです」
きっと彼女が怒るだろう言葉を、そうと分かった上で口にする。そうしてそんな行動とは裏腹に、彼にしてはえらく柔らかな微笑を湛えながら、円は「水換えてきますね」と撫子の怒声から逃げるようにして背を向けた。
(だってね、撫子さん。あなたがあまりに自分を分かっていないものですから)