命を懸けて君に乞う
「何やってんだぁ?コイツ……」
昼休み、真弘がやきそばパンを片手にいつものように屋上に向かうと、そこに珠紀の姿はなかった。
一体どうしたことかと2年の教室まで行ってみたところ、朝から来ていないという。不審に思い午後の授業を放って宇賀谷家を訪れてみれば、普段であれば固く閉ざされているはずの蔵の戸が開け放たれ、その中では尋ね人である珠紀がすやすやと寝入っていた。
「あーあー、好き放題散らかしやがって」
あちこちに古びた蔵書やら巻物やらが散乱し、蔵の中は惨憺たるものだった。そんな状態にした張本人であろう少女はといえば、隅の方できゅっと身を縮こませるようにして丸くなりながら安らかな寝息をたてている。馬鹿面晒して寝てんじゃねーぞ、と悪態をついてみるが相手の反応がないとどうにもきまらない。
しゃーねぇな。ぼそりとそう呟いて、目が覚めるまで待っていてやるかと真弘は当分起きそうもない珠紀の隣に乱暴に腰を下ろした。
改めて薄暗い蔵の中をぐるりと見回して、真弘はまたひとつ溜め息を吐く。
紐で綴じられた古めかしい書物が散らかり放題になっているその光景は、真弘にも覚えのあるものだった。
あれはババ様に手を引かれてこの蔵に来た、次の日のことだ。逃げ出し、連れ戻された夜の次の日のこと。
忌々しいことに、思い出そうなどと思わずともいつだって鮮明に脳裏に蘇ってくる。自分に絶望しかもたらさなかった、あの日。あの時も蔵の中は今と同じように、いや今以上に荒れていた。保管されている蔵書を手当たり次第に漁れば漁るほどに退路は絶たれ、その度に辺りのものを床や壁に叩き付けた。貴重な資料がいくつか駄目になったりもしたのに、誰も、何も咎めたりしなかったのを覚えている。
懐かしいな、とぼんやり回想する真弘の横で、不意にもごもごとくぐもった声がした。先輩、という単語だった気がする。起きたのかと真弘はそちらに視線をやったが、珠紀はごそりと身じろいだ後すぐまた微かな寝息を立て始めた。どうやらただの寝言だったらしい。
んだよ、となんだか気恥ずかしくなって、それを誤魔化そうと何気なく珠紀の顔に掛かっている髪を払った。先輩、とまた珠紀が呟く。その目元に、涙の痕が残っていることに気付いた。
「…………泣くなよ」
しんとした蔵の中に自分の声だけが響く。
「……泣くな、珠紀」
笑ってくれ、頼むから。何ならこの鴉取真弘様が、直々に頭を下げてやってもいい。
お前だけはいつも、いつまでも笑っていてくれ。でなきゃ俺だって、笑って逝けねえだろ。
「…………頼む……笑えよ……」
赤く腫れている目元にそっと唇を落とす。
祈りにも似た懇願は、薄暗い静寂に溶けるように霧散した。
(どうせ死ぬんだ。このくらい願ったって、いいはずだろ?)