君を感じていたいだけ



 どっちがいいだろう、2つのジャガイモを見比べていると、ついと腰を引き寄せられる。またか、とそれに心の中でこっそり溜め息を吐きながら、隙あらば伸びてくる不埒な手を珠紀はペチリと叩き落とした。その途端に横から聞こえてくる不満そうな舌打ちの音は、既に聞き慣れてしまったものだ。

「もー、だからいつも言ってるじゃない!人前でくっつくのやめてって」
「ふん。他の奴らなんざ関係ないだろ」
「関係ないわけないでしょ!ここはスーパー!公共の場です!」

 そう言って軽く睨みつけると、チッとまた舌打ちをしながらも遼は叩き落された手をポケットの中へと戻した。これでもかというほど不満げな顔の遼に、まったくもう、と呟きながら珠紀は改めて手にしたジャガイモへと目を戻す。どちらか決めかねたので、結局どちらも買ってしまうことにした。

「ねー、遼。今日肉じゃがでいいよね?」

 他にもいくつかジャガイモを選びながら、小首を傾げる様にして隣を見上げる。すると遼はいかにも不機嫌です、といった表情で「何でもいい」と素っ気無く言い放った。
 これには流石の珠紀もムッとして、野菜を選ぶ手を止めた。遼が夕飯を作れと言うからこうして学校帰りに買い物をしているというのに、何故こんな顔をされなければならないのか。

「なぁに、その返事。遼が今日お母さんいないからご飯作ってって言ったんじゃない。何でそうやってすぐ不機嫌になっちゃうかなぁ!」
「お前が離れろと言うからだろうが」
「わざわざ人目がある所でベタベタする必要ないでしょ」
「そんなもの、気にしなければいいだろう」
「気になるってば!」
「俺は気にならない」
「普通は気になるの!私は嫌なの!」
「そんな一般論知るか。俺は嫌じゃない」

 嫌だ、嫌じゃない。気になる、気にならない。
 言い合いを続けるうちに徐々に(主に珠紀の)声は大きくなり、少しずつ注目を集め始める。これでは折角離れていても何の意味もない。
 暫くの押し問答の末、結局折れたのは珠紀の方だった。

「あーもうっ、しょうがないなぁ!遼、手!」
「ああ?手?」
「手、出して」

 何だ?と訝しがる遼に構わず、ポケットに突っ込まれたその無骨な手を引っ張り出して、それに自分の手を重ねる。

「手ぐらいなら、私だって平気だもん。遼もこれで我慢してよね」
「……ふん」
「あと、両手塞がっちゃうからカゴは遼が持ってね」

 はい、とまだジャガイモしか入っていないカゴを押し付ければ、遼は無言でそれを受け取った。

「…………別に渡されなくとも、俺だって重くなればカゴくらい持った」

 暫くしてポツリと呟くように言い捨てた遼が妙に可愛くて、珠紀は繋ぐだけだった手に思わず指を絡める。そのくらい知ってるよ、と返しながら、この妥協案は正解だったなと頬を緩めた。


 客足の多くなる夕方のスーパーで制服姿のまま手を繋いで買い物なんてしていたら、極端にベタベタしていなくとも十分目に留まる。
 その事実に彼女が気付いたのは翌日興味津々でクラスメイトに質問攻めにされた時のことである。





(違うから!同棲とかじゃないから!誤解だから!!)