酒は詩を釣る色を釣る



「……ぇ、ちょっと、マーシャル!」
「っ、!」

 己の名を強く呼ばれ、一瞬で覚醒する。それと同時に周囲に目を走らせ、マーシャルはそこが行きつけの酒場であることをすぐに理解した。
 カウンターに腰掛け、手にはグラス。隣にはいつものようにシエラが座っている。

「……もしかして、今、私……」
「寝てたわよ、もしかしなくても」
「……ですよね」

 失態だ。いつの間にか寝てしまうとは。確かに最近仕事が立て込んでいたせいで多少疲れが溜まっていたが、まだいくらも杯を空けていないというのに。
 この程度の酒で寝てしまったということもばつが悪かったが、それ以上に諜報部に身を置く者として問題がある。マーシャルが額に手を当てつつ隣に目をやると、案の定シエラもからかいと呆れの入り混じった苦笑を浮かべていた。

「そのくらいでもう酔ったの?ていうか酔うのは別にいいけど、酔って寝るってのは諜報としてどうかと思うわよ」
「……別に、酔っていません。このくらいでは酔いたくても酔えませんよ。酒のせいで寝てしまった訳じゃない」

 生憎、そういった訓練を受けた身ではこんな酒量で酔えるほど燃費は良くない。不覚にもまどろんでしまったのは事実だが、本当に酔ってなどいなかった。眠くなるどころか、まだ満足に酒を飲んだ気すらしていないような状態だ。

「あっそ。じゃあ何で寝てたわけ?そんなんじゃ誰に寝首かかれたって文句言えないわよ」
「分かってますよ、それぐらい。…………あなたのせいですよ」
「はぁ?」

 何言ってんのあんた、と器用に片眉を上げてグラスを呷るシエラを見つめる。
 そう、彼女のせいだ。私が転寝してしまうほど気が緩む原因なんて、彼女以外に思い浮かばない。

「あなたのせいです」

 もう一度噛み締めるように言うと、シエラの眉が今度はぐっと眉間に寄るのがはっきりと見て取れた。

「意味が分かんないわよ。何で私のせいになるわけ?人のせいにしないでよね」
「……いつ、何があるか分からない仕事をしていて、眠る時だって油断できない。だというのに、あなたが傍にいると……同じ空間にいると、つい安心してしまう。気を緩めても平気だと、思ってしまうのかもしれません」

 言ってから、マーシャルは少し後悔した。先程まで不機嫌そうにしていたシエラが、寄せていた眉をといてとてつもなく微妙な顔をしている。小さく、「うわぁ……」という声も聞こえた。
 思ったことをそのまま口にしたが、よく考えると凄いことを言った気がしなくもない。マーシャルはゆっくりとまた額を押さえて、無言のままに顔を伏せた。

「…………マーシャル、あんた」
「…………」
「恥っず……」
「………………あなたのせいですからね」

 やはり、酔っているのかもしれない。





(違います、赤くなんてなっていません。赤いとしたらそれは酔っているせいです)