復讐という免罪符



 めでたいはずの誕生日に父を殺され、そのうちに妙な成金に執拗に結婚を迫られるようになったかと思えばすぐに母をも失って。
 仕舞いには阿片中毒のイカレた男に誘拐され、そのまま交通事故に遭い生死の境を彷徨うような大怪我を負う破目になった。
 そうして目覚めた時には視覚も聴覚も失って、それをいいことに何処の誰とも知れぬ男に囲われている。

 きっと誰が聞いても、なんて不幸な話だと思うだろう。とても分かりやすい、不幸の形。まるで安い芝居でも観ているようだ。

「本当に、絵に描いたような転落劇ですよねぇ……。そうは思いませんか?姫様」

 傍らに寄り添う彼女の耳元に、そっと吐息を零すようにして囁く。音ではなく、耳にかかるその熱を帯びた空気に反応してピクリと身を震わせる百合子に、真島は薄く笑った。

 するりと輪郭を辿るように頬を撫ぜれば、素直にこちらに顔を向ける。顎に手を掛け軽く口を開かせれば、紅い舌をちろりと覗かせるように差し出してそれが絡め取られるのを待つ。
 初めはわけの分からぬ状況に怯えていた百合子も、今はもう人形のように大人しい。夜毎真島の手によって身体を開かれる度に、百合子は従順になっていった。

「こうなってしまえば貴女も、その辺の商売女と何も変わらない」

 元は誇り高き華族様だったってのに、ね?
 そうして真島の皮肉る声も、百合子の耳には届かない。そんなことは十分に理解していながら、真島は今日もその耳に唇を押し当て囁きかける。

 これは復讐なのだ。

 既に彼女がそれを知る術はないが、大好きなお兄様も大事な家令もとうにこの世から消え失せた。生まれ育った思い出深い屋敷も、今はもう灰の山。
 そうして自身は耳と目の機能を失い、果ては矜持さえも奪われて毎晩のようにその身体をいいように扱われる。華族どもが卑しいと蔑む娼婦のように。

 なんて惨めで、可哀想な姫様。
 何も見えず、聞くこともできないとはいえ、もう自分の置かれている状況はある程度把握しているだろう。その状況から逃れる術は、何処にもないのだということも。
 あの馬鹿げた夜会の日から、彼女は何もかもを失ってばかりだ。次々と不幸が降りかかり、さぞやその身を嘆いたことだろう。さぞや、絶望的な気分で日々を過ごしてたのだろう。
 そんなことに思いを馳せる心すら、もう失ってしまったのだろうが。

「いい気味、ですね」

 呟きながら、彼女の滑らかな頬にそっと手を添える。すると百合子は不意にすり、とその手に擦り寄るような仕草をみせ、人懐こい猫を彷彿とさせるそれに真島はギクリとしてすぐさま手を引いた。
 急に離れていった体温を訝るように小さく首を傾げる百合子の腰を攫い、そのまま長椅子の上に押し倒す。柔らかな身体を組み敷き、その鮮やかに色付いた唇を自身のそれで覆うと、真島は脚の切れ込みから彼女の秘部へと手を差し入れ性急に行為を進めた。

 これは、復讐だ。

 この行為も、単なる復讐の一貫に過ぎない。
 野宮家に不幸を撒き散らし、彼らを死に至らしめたその手で、あの悪魔共の最愛の娘である彼女を辱める。これ以上の意趣返しがあるだろうか。
 愛しくも憎らしい彼女も自分に散々犯され、汚されて、今はもう意志薄弱とした愛玩人形に成り果てた。以前の彼女がこの光景を見たならば、その恥辱のあまりに卒倒してしまうだろう。
 斯くして、復讐は果たされる。こうして彼女を組み敷く度に、自分の復讐は果たされるのだ。

 だから。

 だから、錯覚なのだ。
 彼女の表情に幸福の色があるなど。
 彼女に触れる己の手が、慈しむようなそれであるなどと。


 全ては、復讐なのだから。





(だからこれは、仕方のない行為)