ながくくらいゆめ



「さぁ、おいでアンジェリーク。私と一緒にお家に帰ろう」

 そう言って、仕立ての良いスーツを着た男が少女へと手を差し伸べる。その手を見上げながら、少女はただただ困惑した。

 この人は何を言ってるんだろう。

 私の家はここなのに、ここより他にどこに帰るというのか。訳が分からず、けれど言いようもなく不安で、少女は腕の中のぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめる。

「なんで?わたしのおうち、ここよ?」
「……ああ、そうだね。でもこれからは私の家が、アンジェ、君のお家になるんだよ」
「……おじさま、なんだかへん。なにいってるの?」

 やはり、訳が分からない。いつもは優しく微笑みながらお菓子をくれる叔父の沈んだ顔が少女の胸に不安ばかりを与えた。揺らぐ瞳を見つめながら、男はそっと少女の手をとり優しく名前を呼ぶ。
 やめて欲しい。
 少女は心の底から思った。いや、願った。これ以上この人の言葉を聞けば、きっと思い出してしまう。それだけはだめだ。避けなくてはいけない。
 そこまで考えてから、ふと思った。

 何を?

 何を思い出すというのだろう。
 何を、思い出したくないというのだろうか。
 掻き抱くようにして抱いていたぬいぐるみに、指が食い込む。

「アンジェ、」
「だめ。だめよ。わたし、ここでおとうさまとおかあさまのことまってなくっちゃ」
「アンジェ、2人は」
「すぐにかえってくるっていったの、いいこでおるすばんしててねって、だから!……だからおとうさまもおかあさまももうすこしでかえってくるわ、きっと」
「落ち着きなさい、アンジェリーク!……君も分かっているはずだろう?2人は昨日……」

「っ……やめてったらぁぁ!!」

 少女は叫び、駆け出す。男の手をすり抜けて。
 聞きたくない。聞きたくなかった。
 叔父の言う通り、その先の言葉をきっと自分は知っている。それがはっきり分かるからこそ聞いてはいけなかった。
 階段駆け上がり、転がり込むようにして両親の寝室へ。昂った感情とは裏腹にこんな時ばかり冷静なのか、いつもは忘れがちな鍵を掛けることも忘れなかった。
 少女はベッドの上へと身を投げると、ぬいぐるみごと自分を抱きしめるように縮こまる。

「はやく、はやくかえってきて、おかあさま。いいこにしてるから、アンジェいいこにしてるから。ちゃんとおるすばんできたもの、もうかえってくるよね?おとうさまも、おかあさまも、わたしにうそつかないもの。かえってくるわ、きっと、もうすぐ、きっと」

 ノックの音が控えめに響く。扉の向こうからは少女を呼ぶ男の声。窓の外は少女の心を映したかのような土砂降りだった。

 それらを全て無視して少女は己の内へと引き篭もる。
 今はただ、夢が見たかった。家族3人で、花畑に行く夢が。



 おひるをたべられるように、シートももっていきましょう。
 バスケットのなかには、おかあさまのつくったおかしとサンドウィッチ。あたたかいこうちゃのはいったポットもいれて。おかしはビスケットがいいわ。おとうさまのすきな、ラムレーズンをはさんだビスケット。つくるときはわたしもてつだって。
 きっとおとうさまもよろこんでくれるわ。そうしたら、おかあさまもわたしもうれしくってわらうの。ずっとずっとわらってるわ。

 みんな、ずっと。





(ねて、さめたら、きっとぜんぶうそよ。きっと)