夏、彼方



「外は暑そうだね」

 窓辺に座って外を眺めていた皐月がポツリと呟いた。
 窓の外では蝉たちが短い生を謳歌し、年配の庭師が汗を拭きながら木々の手入れをしている。

「うん、暑そうだね。…………僕には」

 想像しかできないけど、と続けようとしてその途中で口を噤んだ。そんなことを言えば皐月の顔が曇る。それだけは避けたかった。
 薄暗い部屋は常に空調が効いていて一年を通してほとんど温度変化はない。自分には外の様子は暑いというよりもむしろ暖かそうに見えたが、そんなのはどうでもいいことだ。不自然に言葉を切った僕に不思議そうな目を向けてくる皐月になんでもないよと曖昧に笑う。

 なんとなく視線を落とすと、自分の真っ白な肌が目に入った。己の置かれている状況を象徴するようなソレが悲しくて皐月へと視線を戻す。
 あまり日の差し込まない窓から入る僅かな日の光に照らされた皐月の肌は健康的で、また悲しくなった。そういえば、駅から屋敷に来るまでの道のりは長いから日焼け対策が大変だとぼやいていたっけ。ああ、彼女が遠い。

「もうすぐ」

 ポツリと、皐月がまた呟くように言った。

「うん?」
「もうすぐ、岬端でもお祭りがあるよね」

 そう言って、窓辺から離れ僕の方へと歩いてくる。微笑みながらベッドの隅に腰掛けた彼女は先程よりもずっと近い。それでもまだ遠くて、少し泣きたくなった。
 格好悪いから、皐月の前で泣いたりなんか、絶対にしないけど。

「そうらしいね。正確な日取りは知らないけど」
「今年は……どうかな?行けそう?」
「……どうだろう。難しい、かもね」

 きっと無理だろう。数日前にごく軽くだが発作があった。そんな中で母が外出を許すはずがない。しかも行く場所がそんな雑踏の中だなんて、絶望的だ。

「そっかぁ……」
「うん……ごめんね皐月」
「ううん、いいよ全然!とりあえずお祭りの日はここから花火見て、もっとよくなったら一緒に行こうね」
「……うん、そうだね。よくなったら、一緒に行こう」

 約束、と幼い子供のように小指を絡めると皐月はくすぐったそうに笑った。 それから、涼志君はお祭りに行ったら何したい?と嬉しそうに首を傾げる。

「そうだなぁ……金魚すくいとか射的とかやって、あと色々食べてみたいかな。病気がよくなれば食べるものも結構自由になると思うし」
「じゃあ半分こしながらいっぱい食べよっか!林檎飴とか、たこ焼きとか」
「お好み焼きとかわたあめとか?」
「そうそう。あとクレープに、からあげに」
「かき氷」
「イカ焼き」
「焼きそばも」

 聞いた事しかない祭りの風景を想像しながら、食べきれないねと2人で笑う。

 窓の外には陽光、陽炎、蝉時雨。
 この屋敷から一歩外に出れば、蒸し暑い熱気が襲ってくるのだろう。


 夏が、遠かった。





(僕達の夏は、いつ来るのだろう)