そこにもうすぐ手が届く



 変な子だ。
 沖田さん、と僕に笑いかけるこの子の姿を見るといつもそう思う。


 彼女が新選組に身を置くようになってから数年の月日が経った。
 彼女もここで暮らすことに徐々に慣れてきたようだし、僕達事情を知る幹部も彼女という存在がここにあることに大分慣れてきた。そんな中、千鶴ちゃんはどういうわけか幹部の中でもとりわけ僕に懐いた。……ように思う。
 幹部の中には僕よりも面倒見のいい人間はたくさんいる(というか自分と比べれば大抵の人間は面倒見がいい部類に入ると思う)というのに、酔狂な子だとしか言い様がない。
 自慢ではないが特に優しくした覚えはなく、多分どちらかといえば意地の悪い対応ばかりしていたはずだ。顔や肩書き目当ての女は別として自分が人に好かれる性質ではないことは知っている。
 そしてそれを気にしたことなど一度としてなく、むしろその方が面倒がなくて都合がいいと思う程度には捻くれている。だというのに彼女はそんなことは知らないとばかりによく僕の傍に寄って来た。近づけば小突かれ、からかわれることなどもう分かっているだろうに。

 今だってそうだ。僕の隣に座って近藤さんが買ってきたという団子を美味しそうに食んでいる。
 一緒にどうですか、なんて言って持ってきたこのお茶も、僕じゃなく左之さんや平助辺りにでも持っていけば素直に喜んでもらえるものを。

(うん、でも)

 そうしたらそうしたで、結構気に食わないかもしれない。
 自分の好物を僕ではない他の人間に真っ先に分けに行く千鶴ちゃんの様子を思い浮かべてみたら、丁度噛んだところだった団子の串がミシリと嫌な音を立てた。団子はとっくに噛み切られ、串に歯型がついている。どうやら強く噛みすぎたらしい。無理に硬いものを噛んだ前歯が鈍く痛んだ。
 僕は何をそんなこと(しかも想像)で苛ついてるんだろう。近付かれると面倒だと思うこともあるのに自分以外のところに行ってしまうと面白くないなんて。

(変なの。絶対おかしい、この子)

 自分の心が矛盾を孕むなど良くあることだ。
 人って生き物はそういうものなんだと思うし、その中でも自分は殊更そういう傾向が強いらしいということは一応自覚している。分かりにくい、掴めない、と周囲に常々言われ続け、自分でも自分の考えがよく分からないこともざらだ。でも、まさか一人の人間にこんな矛盾した感情を覚えるなんて。
 何なんだろうこの子、と訝しむようにじっとその横顔を見つめ続けていると、千鶴ちゃんは漸く僕の視線に気付いてどうしたんですかと首を傾げる。

 今頃気付いたの。気配どころかこんな至近距離で向けられる視線にも気付けないなんて、そんな風で平気なわけ?ただでさえ弱いんだから、ちょっとは聡くならなきゃすぐにのたれ死ぬよ。

(ああ、ほらまた)

 また矛盾が生じる。
 自分はこの子を殺したいと思っていたんじゃなかったっけ。いや、今でもふとした時に殺したいと思うのに。なのになんでこの子を心配するみたいなこと考えてるんだろう。

「別になんでもないよ。随分だらしない顔して食べてるなと思っただけで」

 出てきそうにない答えになんとなく苛々してきたのを無視して、いつものように笑いながら意地悪を言って。ついでに柔らかそうな頬を軽く引っ張ってやると、千鶴ちゃんは「もうっ、沖田さん!!」と躍起になって頬を掴む手を外そうとする。
 精一杯眉を寄せて怒っている顔をつくって、怒りますからね!なんて笑っちゃうったらないね。
 ああ、可愛い。泣かせたい。


 ちょこちょこ後ろをついてこられると面倒くさいと思う。
 他の人に駆け寄る姿を見ると気に食わないと思う。
 弱くて泣きやすい君を守ってやらなければと思う。
 沖田さん、と微笑みかけられるとこの手で殺してしまおうかと思う。
 幸せそうに笑うふやけたような顔を可愛いと思う。
 悪戯を警戒しながらも確かな信頼を宿す瞳を涙で濡らしたいと思う。


 本当に、君って変な子だよ。僕にこんな不可解な感情をもたせることができるなんて。どうしてくれるのさ。もやもやして、邪魔で邪魔でしょうがないじゃないか。
 ああでも、この不可解な感情を突き抜けた先に、何かがあるような気がしてならないんだ。

 僕が絶対手にすることなどなかったはずの、何かが。





(どんな手を使ったのかは知らないけど、責任はとってもらうからね)