基準、規格外につき



「春日さん、この頃ますます綺麗になったよね」

 唐突にそう声を掛けられたのは、午前の授業が終わり昼休みが始まったばかりのことだった。
 振り向いた先にいたのはクラスこそ同じだが特に親しいというわけでもない男子生徒――確か、飯田君だっけ――で、望美はなんだろう、と内心で首を傾げる。訝しく思いながらもとりあえず「そんなことないと思うけど……?」と無難な言葉を応じると、いやーそんなことあるでしょ!とやたらと明るい笑顔で返された。

「前から可愛いなーとは思ってたけど、最近はホント『綺麗』って感じ」
「そ、そう……?何か、よくわかんないけど」
「なんて言うんだろ、艶が増したっていうかさー」
「はぁ……そう」

 ぽんぽんと次々に投げ掛けられる言葉に曖昧に頷きながら、望美は内心でまた首を傾げた。この人は、一体どんな意図で自分に話しかけてきたのか。それが分からず、どう対処すべきか決めかねた望美はただただ誤魔化すように相槌を打った。

「そんでさ、良かったら今度……」

 暫く言葉を交わした後、そんな風に切り出されたところで廊下から急に「おーい、飯田ァ!」という声が飛んできた。次いで聞こえてきた「3組のヤツが呼んでるぞー!」という声に、目の前に立つ男子生徒がそちらを振り向く。
 望美は失礼だとは思いながらも、中断された会話に少しだけホッとした。

「んだよ、ったく……。あ、じゃあ春日さん、また後でね!」

 その男子生徒がにこりと笑って立ち去るのを見送って、望美はふう、と小さく溜め息をつく。時間にすればそう長くもなかっただろうが、相手の意図が掴めず戸惑うばかりだった望美にとっては十分すぎる長さだった。
 結局何だったんだろ、なんて考えていると、今度はさっと近くにいた友人達に取り囲まれて望美はパチリと目を瞬かせた。

「望美、飯田にすっごい口説かれてたねー」
「よくもまぁ、あんな歯ァ浮きそうなこと次から次へと言えるよね」
「ほんと、同級生の女に向かって“艶が増した”ってなんだよ」
「でもさー、そこそこ顔が良いのが救いじゃない?あれで顔悪かったら洒落になんないし!」

 どうかした?と首を傾げる間もなく、にやにやと性質の悪い笑みと共に繰り広げられるその会話に望美はまたパチン、と瞬く。言えてるー!と笑い合う友人達に、望美は1人「えぇっ!!?」と驚愕の声を上げた。


口説いた?あれで!?
歯が浮く?あれで!!?
顔が良い?あれで!!!?


「え、何?どこら辺に驚いたの、今のって」
「もしかして、望美分かってなかったとか!?」
「嘘マジ!?望美鈍過ぎでしょ!」

 違う、それ、絶対私のせいじゃない!
 そう心の中で叫んだ望美の脳裏で、燃えるような髪の少年が愉快そうに笑っていた。





(なぁ、姫君。もう俺じゃなきゃ、満足できないだろ?)