残酷なる奇跡の結末は



 美しい銀の髪を風に靡かせ、青年は1人荒野に立っていた。
 瞳には今まで生み出すことの不可能だった涙を湛えながら、ただひたすら、立ち尽くす。

 終わった。全てが。

 悲願である解放が執行され、精霊人形はあるべき姿へと帰した。だというのに、何故己は未だ実体を持ったままなのか。
 答えは簡単だった。
 4人の精霊人形のオーナーであり解放の鍵である人物、ハンナ・エリントン。
 彼女が願い、彼女の秘めたる力が奇跡を起こした。イグニスにとっては皮肉以外の何物でもない、奇跡を。

『どうか、幸せに』

 彼女の言葉がふと思い出された瞬間、イグニスの身体は崩れ落ちた。

『私の力も、命も、何もかも使ってくれて構わない。だから……』

 地面についた手のひらに感じる鈍い痛みにイグニスは愕然とする。その痛みは、確かに彼が人であることを教えていた。

「ハンナ……」

 数えるほどしか呼んだことのない名が口をついて出た。
 理解が出来ない。することを拒んでいた。純粋な疑問だけが、頭の中を支配する。

 どうして。
 どうして私は未だ存在しているのか。
 どうして彼女が今此処に存在しないのか。

 私は確かに解放と共に消えるはずだった。魂すら残すことなく、この夜の闇に融けて消えるはずだったのだ。
 それが、何故。

「ハンナ…………!!」

 どうか幸せに?一体どうやって!
 今まで生きてた中でさえ、そんなものを感じたことなどないというのに!!




 ……いや、一度だけ、たった一度だけあった。解放の瞬間。その時だ。
 少女の細い腕に抱かれながら、掛けられる言葉に、向けられる心に、初めて温かなそれを知った。思えばそれ以前から、少ないながらも彼女と言葉を交わす度に似たようなものを感じていた気がする。
 共有した時間は極僅かなものだったが、自分は確実にあの少女に惹かれていたのだ。それこそ、使命がなければ他の人形達と同様に彼女の許へと集っていただろう程に。

 その彼女を失って、どうやって幸せになどなれようか。
 どうやって、1人生きろというのか。その尊い命を犠牲にして得た人の生を。

 確かに何百年という時を孤独に過ごしてきた精霊人形としての日々を思えば、人の一生など短いものだろう。
 しかし、あの温かさに触れた後では、それはあまりに長すぎる地獄ではないか。

「…………」

 すまないと、心の中で彼女に謝罪する。
 私には、お前の願いをどうしても聞き入れることができそうもない。

 ゆっくりと剣を引き抜き、鞘を放る。
 命と引き換えにまでした奇跡の結末がこんなものだと知ったなら、彼女は嘆くだろうか。それとも、憤るだろうか。
 そんなことを考えながら己の喉元にヒタリと刃を宛がうと、イグニスは躊躇いなく剣を曳いた。





(人間というのも、そう悪くはないかもしれない。こんなにも容易く死ねるのだから)