ここからはじまる、



そこは、何もない場所だった。本当に何もない、ただ名もない草花が僅かばかり生えるだけのささやかな草原。そんな場所で私は1人、ぼんやりと佇んでいた。

 そこに植えられてから、どのくらいの間そうして1人で立ち尽くしていただろう。おそらく実際には大した時間は経っていなかったのだろうが、その時の私にはとても長い間そうしているような気がしていた。

 私は神樹で、これからここに多くの生命を宿す豊かな森を育み、守人と共に永久にこの土地を守っていかねばならない。

 その時は生まれたばかりでこの世の理も満足に分からなかったが、それだけは理解していた。
 だが、そこには私しかいなかった。対となるべき守人が欠けていた。だから私はひたすらに待った。足元に植わった半身を眺めながら、ただひたすら、私の守人を。



 それから、どのくらいの時が経った頃だったろうか。
 さわ、と周りの空気が揺らいで、頭上から声が掛かった。

「…………っ!」

 見上げればそこには1人の美しい女性がいて、静かに私を見つめていた。

 守人だ。私の守人。待っていた、待ち望んでいた存在。

 しかし待ち望んだとは言っても、幼い私にはやはり初めて接する他人は少し恐ろしかった。喉からはうまく声が出せず、私はそのまま黙り込んで。
 そんな私に彼女は少し困ったように眉を寄せると、それから柔らかく目元を緩ませて「大丈夫ですよ」と言葉を紡いだ。
 ふんわりと、また、空気が揺らぐ。

「今日からずっと、私があなたの側にいますから」

 のんびり頑張りましょう、と微笑みながら、彼女はそのほっそりとした指で優しく私の髪に触れた。私はくすぐったくて、何だか少し鼓動が早くなった気がして、思わず俯いた。
 その胸の温かな感覚が、小さな私には一体何なのか分からなかったのだ。むず痒いようなその気持ちが、まだ。

 さらさらと梳かれる髪をそのままにしていると、やがて彼女の手は背中へと回って、今度はぎゅっと抱き締められた。
 優しい、甘やかな匂い。柔らかくて、温かくて、私はその腕に包まれながら安らぎを形にしたようだ、なんて思っていた。

「……一緒に頑張っていきましょう」
「………………うん」

 耳元で囁かれた優しい声に私の口からも今度はすんなりと言葉が零れて、私はそっと瞳を閉じた。ゆっくりとその腕に身を預ければ、ぎゅっと包み込んでくれる。

 その時に、私は思ったのだ。
 ああ、この人となら、きっとやっていけると。
 彼女と一緒ならば私はずっと、この地を愛しく思い、守っていけるだろう、と。





(待っていた。貴女を。貴女だけを、ずっと)

自作乙女ゲーサイト『Water colors』さんの【神樹の守人】より。