貴女に捧ぐ純白



 今年で、この光景を見るのは6度目になる。


 去年もこうして少し離れた所で父の背中を見ていた。
 髪を風に靡かせながらこの場所に静かに佇む父の後姿を見ると、近づけなくなるのだ。我ながら陳腐な言い方だが、それは1つの完成された絵画のようで、決して邪魔をしてはいけない何かをいつも私に感じさせた。
 その父の手には、愛しい人に送るにしてはみすぼらしいとしか言い様のない白い花が一輪だけ握られている。

 父は普段かなりの派手好きで奇抜なもの(本人はそうは思っていないらしいが)を好む人だったが、ここぞという時に母に贈る花は決まって白の造花だった。それも彼の好きな“特注”などではなく、子供が紙をよせて作るような綺麗とは言い難い手作りのもの。
 しかし母は不恰好なソレを愛しげに、極上の笑みを浮かべながら受け取るのだ。

 理由は知らない。
 子供の頃に尋ねてみたこともあったが、父は教えることを頑なに拒んだし母も「パパが拗ねちゃうからね」と笑って答えてくれることはなかった。
 しかし父の学生時代からの友人達が、一様に口を揃えて「ドラマか漫画のような2人だった」と口にする程だ。何かそのドラマか漫画のようなエピソードがあるのだろうと子供ながらに考え、それからは特に聞くこともしなかった。

「追いついた、な……」

 ポツリと、静かに響いた声に思わず顔を上げる。少し、驚いた。この場所で彼が言葉を口にするのは、これが本当に初めてのことだったのだ。
 それから彼は再び押し黙り、人の生む音は何一つしない自然的な静寂が訪れる。
 さわさわと風が凪いでいる。常ならば心地よく感じるそれが、何故か寂しさを増幅させた。

 優しく添えられた造花がふと目に入り、また少し下手になったかと思う。繰り返し作るごとに少しは見られるような見た目になってきていたのに。
 だが、それも仕方ないのだろう。外見こそ秀麗としか言いようのない父だが、それでもその容貌は老いというものを感じさせるようになり、指先の動きが以前より鈍くなっていても不思議ではない程度に歳を重ねている。長身であるはずの彼の背中がとても小さく見えることに流れる月日を感じた。

 これがあの気高く、自信に満ちた、偉大なる真壁翼かと思った。
 しかし、やはり当然なのだろうとも思う。自分の歳を考えれば父も老けようというものだ。

 そして何より。
 石の下で眠る母がもう父の隣に寄り添うことは無いのだということに、徐々にでも慣れ始めた自分を思うその度に、時が経ったことを感じるのだ。





(あの造花が増えなくなる頃には、私は幾つになっているだろうか)