翼×悠里
瞬と殴り合いの喧嘩(といっても一方的に殴りつけただけだが)をしたその翌日。
先生は登校してきた俺の手を見るとぎょっとしたように目を見開いた。
「翼君、駄目じゃない!私、後でちゃんとお医者様に行くように言ったわよね!?どうして昨日のままなの!」
「……別に、このままでもいいとハンダンしただけだ。放っておいてもいずれ治るだろう」
そう思ったままに答えると先生は、放っておいて良い訳ないでしょう!と思い切り叫んだ。それからしきりに腕を引っぱって俺を保健室へ連行しようとする。
そんなこと言ったって、このまま“が”良かったんだから仕方がないだろう。自分で解いてしまうのは勿体無くてなんとなく抵抗があったし、他のヤツに触らせるなど考えただけでも癪だ。
不恰好に巻かれた右手の包帯を前に、俺が昨日そんなことを思っていたなどとは考えつきもしないらしい先生は俺を保健室へ連れて行こうと必死になっている。
そんな姿を見ていたらなんとなく面白くなくて、絶対に言ってはやらないと心に決めた。
仕方がないから、とりあえず保健室まで付き合ってはやるがな!
(おい永田!保健医を外出させておけ。手当てが終わるまでは戻らせるなよ!)
瞬×悠里
5歳の時、肺炎で死にかけた。
今考えるとあまりに馬鹿らしくて少し笑えるが、その時俺は息苦しさを必死に遣り過ごしながら心の中でとても喜んでいた。こんな状態であればあの人も自分を気に掛けてくれるだろうか、なんて。
そもそも死にかけたのは風邪をひいても放置されたからだというのに。
9歳の時には、もう母親への期待は既に薄れ始めていた。
代わりに別のことを期待するようになっていた。いつか誰かがヒーローのように現れて、自分をこの冷たい部屋から連れ出してくれるんじゃないかと。
13歳の頃に家を出る決意をした。
歳を重ね、自分のことを助けてくれる人間など誰もいないと知ったから。この状況を打破できるのは、自分を措いて他にはないと。
15になると同時に、そのまま家を飛び出した。
必死になって掻き集めたはした金と買ったばかりの安っぽいベースを片手に。
その2つさえあれば、俺は生きていける筈だった。何処にだって、何処までだって行ける筈だった。
高3になって、色々なことを知った。
音楽と比べることができない程大切な人に、その全てを教わった。
そして、高校を卒業した今。
俺の腕の中には金とベースの他に、大切な人がくれた、大切なモノが溢れている。
冷たい夢に苛まれ、飛び起きることもなくなった。
これで俺は本当に、何処までも駆けていける。
(ああ、そうか。先生、貴女は俺のヒーローだったんだ)
清春×悠里
お父さんなんか嫌いだ。
だって「遊んでやるゼェ」とか言って、自分が暇だとすぐ僕のこと水鉄砲で撃ってきたりするし。(お陰でお母さんは毎日沢山の洗濯物を干すハメになっている。物干し竿の数だけ見れば誰も3人家族だなんて思わないだろう)
遊びに来た友達に向かって、気紛れに蛇のオモチャを投げつけたりするし。(僕はオモチャだって知ってるからいいけど、友達は大騒ぎだ。だってアレをすぐにオモチャだって見破れる人なんてそうはいない)
自分がいい大学行ったからって、僕が宿題でちょっと悩んでたりすると「おっ前、そんなのもわかんネェのかよ。こんのヴァーカ!」ってゲラゲラ笑うし。(お母さんに聞いたから知ってるんだからな!そっちだって大学行くまではものすごく頭悪かったくせに!!)
なにより僕がお母さんと仲良くしてると、邪魔する上に後でとんでもない悪戯を仕掛けてくるんだ!!(お母さんは「可愛くてしょうがないからそんなことするのよ」なんて苦笑いするけど、そんなことない!あの時だけはホントに本気だ!!)
とにかく、僕はお父さんなんか嫌いだ!
僕には駄目って言うくせに、お母さんのコト独り占めするお父さんなんて大ッ嫌いなんだ!!
(つってもよー、お前がここに存在できてんのはァ、アイツが俺様のモノだからなんだゼェ?)