『―――大会? そっか、蓮二君テニスやってるんだったね』
『ああ。それで今調整のために練習量を少し増やしているから、次の稽古には来られないかもしれない』
『うん、分かった。練習頑張ってね』
『ああ、ありがとう』
『でも、テニスかぁ……』
『何だ、興味があるのか?』
『うん、興味というか……そういえばスポーツ観戦って、きちんとしたことは一度もないなと思って』
『……じゃあ、一度見てみるか? 都合がつくなら、今度の大会に来てみるといい』
『え、いいの?』
『俺が許可するようなことじゃないがな。それに、前から会わせてみたいと思っていた奴もいるんだ』
蓮二君とそんな会話をしたのが、今から約二週間前のこと。
その蓮二君が出るという大会当日である今日、私は昼食を持参して大会会場へとやって来ていた。
「すごい……出場者って、結構沢山いるんだ」
受付でもらった対戦表を見ながら、小さく感嘆の息を吐く。こうして見ていると、蓮二君よりも年上の人も結構いるようだった。今の私達くらいの年代だと年齢の差は体格や力の差に直結してしまうのに、蓮二君はこんな中で頑張っているのだ。スポーツのように体を動かすことで人と競ったことがない私は感心するしかない。
すごいなぁ、なんて改めて心の中で呟きながら既に軽い打ち合いが始められている近くのコートをぼんやりと眺めていると、自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声が耳に入る。それに反応して周囲に目を走らせると、少し離れたところにテニスウェアに身を包んだ蓮二君が立っていた。それを見て、ああわざわざ迎えに来させてしまった、と少し後悔する。ぼんやりしている場合じゃなかった。
「ここにいたんだな」
「ごめんね、迎えに来てもらっちゃって。時間過ぎちゃってたかな」
「いや、そんなことはない。ただ俺達が最初に試合をするコートが入り口から少し遠いところにあるから、分かりにくいかと思ってな。俺が勝手にしたことだ、気にしなくていい」
蓮二君はそう言って薄く笑むと、「行こう、こっちだ」と私に移動を促した。そのあとに続いて数々のコートを横切り会場内を進んでいくと、一つのコートに辿り着く。蓮二君の言っていた通り、入り口からだいぶ離れた会場の奥のほうに位置するコートだ。
「ここだ。俺達の第一試合はここで行うことになっている」
「ええと、ちょっと気になってたんだけど……蓮二君は、ダブルスで出場するの?」
さっきから“俺達”って、と思わず首を傾げながら尋ねると、私のほうを振り返った蓮二君は「言っていなかったか?」と珍しくきょとんとした顔をした。その顔を見て、私はそういえば、と心の中で呟く。
思えば私達の話題はいつも茶道のことや本のこと、最近のニュースについて思ったことなどお互いに共通する話題ばかりだった。プロフィールとして互いの趣味や好きなことを知ってはいても、そのことについて深く話したことはあまりなかったように思う。いや、確か私が華道や古武術についての知識を教えたり、蓮二君がテニスの詳しいルールやどういうところが面白いかということを話したり、そういった知識や意見の交換のようなものをした覚えはあるが、自分達がそれを実際に行っている状況についての話はしていなかったのだ。
「……お互い、知識欲が先行し過ぎていたかもしれないな」
私が今考えたことと同じことに思い当たったらしく、蓮二君はそう呟くと「まだまだ話すべきことは多そうだ」と苦笑にも似た笑みを浮かべた。
「の言った通り、俺は基本的にダブルスで大会に出場しているんだ。に会わせてみたいと言っていたのが、そのダブルスパートナーなんだが……」
蓮二君はそこで言葉を切ると、コートのほうを振り返って「貞治!」と大きめの声で呼びかけながら軽く手を招く。その視線を追って蓮二君の後ろから覘いたテニスコートには、私達と同い年くらいの男の子が立っていた。
「蓮二、戻ったか。予想より少し遅かったな」
「ああ、すまない。少し話をしていたんだ」
小走りでこちらへ駆けてきたその男の子はキィ、と扉を押し開けてフェンスの中から出てくると「こちらが日吉さんかい?」と分厚いレンズの黒縁眼鏡を押し上げながら私の前に立つ。ああ、と蓮二君はそれに肯定を返すと少年と私が向き合うその横に立ち、「。彼が、俺が会わせてみたいと言っていた友人だ」と軽く紹介してみせた。
「俺は乾貞治。蓮二とは学校が同じでね、スクールでも一緒にダブルスを組んでるんだ。よろしく」
「あ、日吉です。蓮二君とは茶道教室が一緒で……。こちらこそよろしく、乾君」
すっと差し出された手を取って、互いに軽い自己紹介をする。前の生では社交の場に連れ出されることも多かったので、こうして全く知らない人に引き合わせられるのには割と慣れていた。何だか少し懐かしい、と思わず口元を緩めると、乾君も少しだけ口角を上げた。
それから蓮二君達の試合が始まるまでの間にしばらく三人で話をしていると、乾君が蓮二君と同じように知的好奇心が旺盛でどんな知識であっても貪欲に吸収しようとする人だということはすぐに分かった。蓮二君と親友と言って差し支えのない友人関係だというのも頷ける。正反対なタイプの人間同士で逆に馬が合う、ということもあるが、やはり似通った感性を持っていると親しくなり易いのだろう。
8歳とは思えない話題ばかりを口にする蓮二君は、精神年齢が肉体と噛み合っていない私にとって同年代では唯一と言っていい純粋に会話の内容を楽しめる相手だ。そしてその蓮二君と同じように年齢を疑ってしまうほどしっかりした考えを持っている乾君は、やはり話していて楽しいと思える人だった。こうした思いを抱くということはつまり私も年齢に合わない話題や考えを持っている(私の場合は当然のことなのだけれど)ということで、私が今考えたようなことを乾君も同じように考えている可能性はかなり高い。それはつまり、私と乾君もまた互いに蓮二君と同じように親しくなれる可能性が高いということを指していて。
「それじゃあ、俺達はそろそろ行ってくる。は好きなところで見ていてくれ」
「うん、そうさせてもらうね。二人とも、頑張って」
暫くすると試合開始の時間が迫り、二人の友人達はラケットを携え楽しげにコートの中へと駆けていく。見送るその背に小さくエールを送りながら、私は良い出会いに恵まれたようだと頬を綻ばせた。
歓談の続きは、勝利を手に彼らが舞い戻ったその後で。
- continue -
2000-11-26
幼馴染第2号GETの回。
早熟過ぎる柳や乾は、この頃に同年代で対等に話せる相手というのはお互いしかいなかったと思います。そんな中で柳は校外でもう一人そういう相手を見つけて、「俺とこんなふうに話ができるということは、あいつともきっと合うだろうな……」とか密かに考えていた感じで。