拡がる輪 2



「二人とも、本当に強いんだね……」

 無事に午前の部の日程を消化し終え、どのコートからもボールの跳ねる音が消えた正午過ぎ。
 あれから幾つかの試合をこなして昼食をとる為に戻ってきた俺達に向かって、はパチパチと瞬きを繰り返しながらそう呟いた。

「そうでもない。今までの試合は比較的年齢や体格が近い相手とだったからな」

 謙遜からではなく素直に感じていたことをそのまま告げると、隣で弁当をつついていた貞治も「ああ、問題はこれからだ」と俺に同調する。そう、午前に対戦した相手には悪いが、今日はここからが本番のようなものなのだ。

「年上の相手との試合が多いようだし、中々苦戦しそうだな」
「ああ、改めて攻め方を見直してみた方がいいだろう」

 自惚れや驕りではなく、客観的に考えて俺達は同年代のなかでは間違いなくトップクラスのプレイヤーだ。先程言ったような体格などが近い同年代の人間にならば、余程のことがない限り負けはしないだろう。そう自負できる程度の実力は備えているつもりだし、更なる高みを目指して常に努力もしている。

 しかし、それは飽くまでも同年代のなかでの話だ。いくら俺達が平均よりも高い実力を持っているといっても、所詮は小学2年。非力な子供であるという事実を変えることはできない。
 俺達のような年齢では、1・2年の歳の差が体格や力の面で大きな差となって現れる。年上のプレイヤーを相手にする場合、力が弱く、背が低いためリーチも短い俺達の方がどうしても不利になるのは当然のことだ。そして、年齢差があるからといって手加減をされたりすることなどないこともまた、勝負の世界では当然のこと。むしろ、そんな理由で手加減などされたら堪ったものではない。
 今まで俺達も、そうした自分の力ではどうすることもできない差によって敗北を喫したことが何度もある。あの、どうにもやりきれない思いをもうしないためにも、俺達は俺達なりに最善を尽くさねばならない。たとえ負けたとしても、次に繋がる試合をするために。

 過去の敗北の数々を思い返し、いかに体格面での不利をなくすかを考えながら箸を動かしていると、はゆっくりと目を閉じて「うん、でも……」と呟いた。

「やっぱり、すごいと思うよ。テニスが強いのもそうだけど、そうやって自分達のことを客観視できるところとか……事実は事実として受け止めて、それを良い方向に生かせるところとか」

 それって、大人でも難しいことだよ、と今度はゆっくり瞼を上げて静かに微笑むに、思わず苦笑いが零れた。人を賞賛することにてらいがないのは、相変わらずだ。
  の賛辞は、不思議と他の人間に言われるよりも受け入れやすい。は、“褒めている”というよりも“事実を口にしている”というトーンで賞賛の言葉を口にするのだ。静かに、私は当然のことを言っているという顔で。
 だからこそ自信が持てたりするのだが、同時に気恥ずかしく感じたりもする。嘘がなく率直なぶん、照れるのだ。どうにも。
 どう返答したものか、と考えているとふふっ、とがおかしそうに口元を緩めた。

「蓮二君、照れてる」
「……
「ああ、珍しいな。蓮二が照れるとは」
「貞治も、やめてくれ」

 指摘されたことで更に増してしまった気恥ずかしさを払うようにはあっ、と少しばかり大袈裟に溜め息をつけば、二人は一緒になって笑い出した。
 やめろと言うのに、とまた溜め息を吐き出しながら、一方では安堵の息も零れる。二人とも、問題なく気は合っているようだ。もともとそうだろうと思って引き合わせたものの、人の相性というのもなかなか分からないものなので僅かな懸念はあったのだが、それも杞憂だったらしい。





 昼食の後、しばらく三人で他愛もない話に華を咲かせていると、不意にが「あ、」と声を漏らした。

「もうそろそろ時間かな?」
「ん?ああ、そうだな」

  の言葉にコート脇に立つ時計を見上げてみれば、もうじき昼食が終わろうという時間を指していた。そろそろアップをしに行くべきか。
 それじゃあ、と手早く荷物を片付けて、ラケットを手に手近なコートへと向かう。その途中、から少し離れたあたりで貞治が「なあ、蓮二」と口を開いた。

「蓮二が言っていた通りだったな。彼女とは気が合いそうだよ」
「ああ、そうだろう?」

 ギシギシと指先に力を込めてガットを調節しながら「合うと思ったんだ、お前とも」と言えば、「そりゃあ、そう思うのも無理はないだろうな。同い年で、蓮二との会話で疑問に眉を曇らせないような奴は俺と彼女くらいじゃないか?」と言って貞治はニヤリと笑った。その返答にクッ、と思わず笑ってしまう。よくもまあ、そんなことを言えたものだ。俺達の間に大した差などないというのに。

「その言葉はそのままお前に返せるぞ、博士」
「そんなこと、分かりきったことじゃないか」

 わざわざ返すのか、教授?と器用に片方の口角を引き上げる貞治にふっと一つ笑って、「やめておこう。不毛そうだからな」と同じように口角を上げてみせる。それからどちらからともなく、俺達は破顔した。

「また今度、三人でゆっくり話す機会があるといいな。日吉さんの話は興味深いものが多いから」
「そうだな、今度はきちんと時間のある時に集まってみるか」
「三人でテニスをしてみるのもいいかもな。やっぱり俺達が集まるなら、テニスをすることもあるだろうし。彼女、運動は得意?」
「特定のスポーツをしてるとは聞いていないが……古武術を習っているというし、おそらく苦手ではないだろう」
「実は最近、人にテニスを教えるっていうことに少し興味があったんだ。自分で練習する時とはちょっと視点が違うから、興味深くて」
「ああ、面白いかもな。にもあとで言っておこう」

 ポンポンとリズムよく言葉を交わしながら、フェンスの戸をくぐりコートへ入る。
 俺達の間でだけでどんどん進行していく今後の予定を少し可笑しく思いながら、ふとのいる方向へ振り返る。俺のその動作につられるようにして貞治もフェンスの向こうへと視線を向けると、もすぐにそれに気付いてきょとんと不思議そうな顔をした。どうかした?と言うように少し首を傾げて見せるに、軽く首を左右に振ってなんでもないということを示す。

 きちんと約束を取り付けるのは、別に今じゃなくてもいいだろう。きっといつだって、は笑顔で快諾してくれるだろうから。


- end -

2010-02-08

幼馴染第2号、確保です。柳が神奈川に引っ越してしまうまでは、基本的にこの三人でつるむことになります。
この知的好奇心が旺盛な幼馴染トリオの普段の会話は、偶然聞いてしまった大人をいつもギョッとさせるんでしょう。
なんだか好き勝手に書いた後で思いましたが……年齢設定、確実に間違いました。こんな小2、いたら嫌……。でも柳が5年になった頃に引っ越してしまうことを考えると仕方ないとしか……。