幼馴染との馴れ初め 3
大変です、手塚国光のチャームポイント(?)が行方不明です!何処に行ったんだ眼鏡!
ええと、とりあえず整理してみよう。私を連行しようとしていた少年は手塚国光らしいです。あ、うわ、整理する必要ないほど簡潔に終わった。どうしよう、これは現実を受け入れろという神のお告げか!
とにかく、手塚って言うとあれだね。略さないと口にするのが恥ずかしいような名前の中学校でテニス部の部長を務める、鉄仮面と名高い彼ですよね。え、ちょ、うわ、マジで気付かんかった!だってこの子、眼鏡してないんだもん!『手塚=眼鏡』の公式は鉄板でしょ!?
それに私はただのテニプリ読者だったというだけで、決してファンとまで言えるほど真剣に読んでたわけではないのだ。『青学と氷帝あたりの主要キャラなら名前と顔が一致する』程度の知識しかない以上、仕方がないことだと思う。しかも現時点で読んでたの四年前だし!この状態で眼鏡かけてない幼少手塚に特別テニプリファンってわけでもない私がどうやって気付けって!?
そんなことをうだうだと考えているうちに、ふと気付くと手塚君の眉間の状態は中々酷いことになっていた。
「……おれの名前に何か問だいでもあるのか」
「えっ、あ、ごめん!べつにそういうわけでは……!!」
慌てて違う違う!と弁護するが一度刻まれた眉間の皺は戻らない。まあね、そりゃそうだよね。私だって自己紹介して「はあ?」とか言われたら喧嘩売ってんのかコイツと思いますよ。
「あー、えーっと、じゅーすありがとうございます!」
とりあえず誤魔化してしまえとばかりに無駄に元気よくお礼を言うと、「いや、わびだからな……」という言葉と共にグラスを差し出された。でも眉間の皺はやっぱり戻らない。まあ、戻らないものは仕方ないよね。折角もらったんだしジュースでも飲んでよう。
幼児の身長では椅子に座った状態でジュースをテーブルに置いたまま飲むなんて芸当はできないので、よいしょと両手でグラスを膝の上に持って来る。手が滑って本にジュースぶちまけちゃいました!なんてことになったら大変なので持っていた本をテーブルに置くと、それを見た手塚君が怪訝そうに少し首を傾げた。
「この本……お前が読むのか?」
わあ、このやろう!人には注意したくせに自分はお前呼びを改めないとはどういう了見だ!
一応年上だからって……、と何だか釈然としないものを感じつつもこくこくと頷くと、「少し見てもいいか?」と尋ねられる。
「ん、べつにいいよー」
適当に返事をしながらちゅーちゅーとオレンジジュースを啜る。やはり彼の言った通り喉が渇いていたらしい。なんだか妙に美味しく感じる。
それにしても、手塚の幼少期ってこんなだったのかー。超普通。いや、確かに顔立ちは整ってるんだけど、何かピンとこないというか。やっぱり眼鏡なしだからなのか……。ていうか心の中でとはいえ「眼鏡ないと超普通」なんて言われるのは手塚少年だって不本意だろうなぁ。別に眼鏡と共におぎゃあと産声を上げたわけでもあるまいし……。まあ手塚ならそれもアリなんじゃね?とか思わないでもないが。
とりあえず私には『手塚といったらメーガーネ!』みたいな連想ゲーム的な印象しかないなぁ、などと甚だ失礼なことを考えながら手塚君がパラパラと本を流し読む様子を眺めていると、ふいに「おおとりは今何さいなんだ?」と尋ねられた。
「4さいだけど……?」
「4さいか……。お前にはまだ早いんじゃないか?この本」
お前がそれをいうのか……?
周りの大人に言われるなら別に「あー、やっぱ幼児に読めるとは思いませんよねぇ。普通は」とか思うだけだが、Newtonを片手に携えた手塚君に言われるのはちょっと納得できず数秒凝視してしまう。いや、でももしかしたら家族に借りてくるよう頼まれたとか、表紙が気に入って手に取ったとかそういう理由かもしれないしな。とりあえず、折角だし聞いてみようか。
「いや、じゃあきくけど……てづかくんこそ、なんでにゅーとんなんかもってるの」
「ああ、これか。自由けんきゅうのためのさんこうしりょうだ」
えっ?小学校の自由研究でNewtonレベル?
平然とした顔でそう言い放った手塚君に突っ込むことも忘れて思わずきょとんとしてしまう。いつの間にそんなハイレベルになったんだ小学校。ゆとりとか言われてたんじゃなかったのか。
しかもうちの兄が入学式を来年に控えていることを考えると、手塚君はおそらく今年入学したばかりの1年生。小1の宿題でNewtonレベルのものを求められるんだとすれば、最高学年になったら一体どんな高度な課題が出されるのか考えるだに恐ろしい。中学高校では何を学ばされるのやら。
まあおそらく……というか十中八九彼が勝手に小学生にしてはハイレベルすぎる研究をしようとしているんだとは思うが、担当教師は大いに戸惑うに違いない。大人しく朝顔でも観察してればいいものを……、なんて思いながら「へぇ、そう……」と返すと、手塚君は「自分から聞いたくせに、何だそのへんじは」とまた顔を顰めた。
馬鹿野郎、じゃあ他にどんな反応をしろってんだ!正直に「観察日記でも書いてろよ小学生」とでも言えばいいのか!
「それにしても……単ごとはいえ、おおとりは英ごが読めるんだな」
「あー……まあ……」
一応高校生やってた経験もありますしね。成績はそこそこ良い方ではあったし。ああでも英語はちょっと苦手な方だったんだよね。もの凄く出来ないってわけじゃないけど、他の教科と比べるとやっぱりテストの点数は低めだった。ていうかNewtonくらいの単語ならたとえどれだけ成績が悪かろうと読めなかったらヤバイと思うけど。
そんな昔のことを思い出しながら、ちょっと!ホントにちょっとだけね!と誤魔化しつつも肯定すると、そうかと感心したように頷かれた。いやでも君も読めるんでしょどうせ。私のような紛い物と違ってほんとに6歳だってのに……。
ていうか、こんな小学生がまかり通るんなら私が純文学借りたってよくないか?何?私が周囲の目を気にしすぎてただけなの?いやでも実際手塚君に指摘されたしなぁ。しかも私の場合、自分で借りられないから親に渡さないといけないし……。畜生ずるいなぁ手塚君!
「……お前、他にはどんな本読むんだ?」
「え、ほかに?んー……いまはおもにじゅんぶんがくだけど……」
言おうかどうか迷ったが、持ってた本も見られていることだし、と正直に話すことにする。Newtonを読む小学1年に隠し立てする必要もあるまい。
「じゅん文学か……川ばたやすなりとかか?」
「そうそう、みしまゆきおとか!かいがいのもよむけどねー。あ、てぢゅ、っ!!」
ガリッ
今までひっそりと隠れて読書に耽るばかりだった私は「おお、やはりこやつ話せる!」と嬉しくなって、思わずテンションが上がり早口になった。手塚君はどんなの読むの?と聞こうとして思い切り舌を噛んでしまったのはきっとそのせいだと思う。
「………………」
「おい、大丈夫か……?」
やっちゃった……やっちゃったよ……。未だ舌足らずなのにはしゃぐもんじゃないね……!!
あまりの痛みに、返事をすることもできずに静かに打ち震える。じんわりと私の眦に溜まっていく涙を見て、「お、おい……」と手塚君が焦ったような声を出した。
「呼びにくいならむりに呼ばなくていい」
「う……れも……」
「……じゃあ、呼ぶなら名前で呼べ」
『手塚』は言いづらいんだろ、と溜め息を吐きながら手塚君はコップに入った氷をカラリと鳴らした。すみません、手塚君がちっさい子泣かせたみたいな構図にしちゃって……。
「うん……じゃあくにみぢゅ……っっっ!!!!!」
ゴリッ
それではお言葉に甘えて、と僭越ながら国光君呼びで改めて先程と同じ問いをしようと口を開いた途端また噛んだ。ああもう!!!“つ”と“づ”は鬼門!!!!!
これはアレだね!一回噛んだ所が傷になって膨らんだために更に噛みやすくなっちゃってるパターンだね!一番嫌なパターン!うわぁぁあぁいってぇぇぇ!!!もう口開きたくない!ほんとに泣くぞこのやろう!!これ絶対口内炎決定だよ!!今後の食事が辛い!!!
ぷるぷると涙を湛えながら悶える私に手塚君が「本当に大丈夫か……?」と恐る恐る声を掛けてくる。や、もう全然駄目。全く大丈夫じゃない。
「もう、呼びやすいように呼んだらいいと思うぞ……」
「う゛、う゛ん……」
斯くして手塚君のことを“国君”なんていう馴れ馴れしい呼び方をすることになった私は、その後心配したお母さんが探しに来るまで国君と読書話で大いに盛り上がった。でも国君は青学に通う人なんだからこの辺に住んでるってわけじゃないだろうし、今後会うこともそうないだろう。
折角本の話ができる人に出会ったのになぁ、と少々残念に思いながら国君に別れを告げ、私は図書館を後にした。
これきりだろう、というそんな私の予想に反し、彼と私の再会が果たされたのはこの五日後である。
膨大な数の蔵書を理由に近所の図書館よりも都立図書館を頻繁に利用する国君と、同じように図書館に通い詰める私が幼馴染と呼んでも差し支えない程親しくなったのは、割と自然な成り行きだった。
Afterword
幼馴染GET編、ここに終結!
これからは幼馴染同士のちょっとした戯れを拍手小話とかそういうのでちまちま書いていけたらいいなぁと思います。手塚は大好きなキャラなので、きっと優遇される。
2009/04/26