幼馴染との馴れ初め 2
「だから、おやの所に送りとどけてやるって、言ってるだろ」
「だからっ、いいって、いってんだって、ばっ!てか、まいごじゃ、ないしっ!」
「明らかに、まいごだろうがっ」
音で表せば、“ぐぎぎぎぎ”とかそんなような音だと思う。少年はおそらく私が痛くないよう多少加減した力(初めに「いたいいたい!」と訴えたら力が弱まった。そんな気遣いをするくらいなら離してくれ)で、私は精一杯の力での引っ張り合いが先程からもう5分ほど続いていた。ずっと渾身の力で抵抗しているため、空調の効いた館内にいるというのにじわじわと汗が滲み出てきている。
ホントに何なんだこの少年!私を迷子だと決めて掛かるのはこの際もうどうだっていいけど、言うこと聞かない迷子なんて放っておけっつの!
「べつにさがさなくても、どこにいるか、わかってるからっ!」
「じゃあ、どこに居るんだ。つれていってやるから、言えっ」
「だからっ、いいってばっ!」
「あっ、おい……!」
まだ本を開いてもいないのに連れて行かれて堪るか!と重心を自分の方に傾けながら思い切り腕を引っ張る。その途端、私の汗が潤滑剤代わりになったのか、少年の手から私の腕がずるりと勢いよく抜けた。
「う゛、わぁっ」
そのまま重力に従い後ろに転がり、ごちんっ!と思い切り頭を打ち付けた。うわ、いった……!うわ、なんか軽く脳が揺れた感じするんですけど……!絶対たんこぶできたってこれ!!
心の中では痛い痛いと繰り返し騒ぐが、実際の声には出ない。なんかもう、痛すぎて無言。じくじくと痛む後頭部を押さえて蹲ると流石の少年も慌てた様子で「大丈夫か?」と声を掛けてきたが、大丈夫なわけあるか畜生……!というのが正直な心境である。
「………」
「……わるい。しんせつ心で言い出したはずだったんだけど、つい、むきになって……」
「……ん、や、べつに、もうだいじょうぶなんで……」
まだじんわりと痛む頭を摩りながら立ち上がると、少年は「わるかった」ともう一度謝った。ああもう、そんな素直にしゅんとされると怒るに怒れないじゃないか……。というか、小さい子が自ら反省してるんだから怒るなよって話ですね、ええ。私こそ大人気なかったですすみません。
「……来い」
「ええ!?」
そう私が驚愕の声を上げるより先に、少年は私の手を掴んで歩き出していた。
少年の言う通り、私達はお互いに少しむきになっていた。そこで一方が頭部を強打するというアクシデントに見舞われたことにより、二人とも正気に戻ったというか多少の冷静さを取り戻した訳で。まあこれでとりあえず強制連行はないかな、なんて油断していた私は急に引っ張られてもさっきまでのように踏ん張ることができなかった。ちょ、この人すまないとか言っておいて諦めてなかったの!?
「えっ、ちょっと、いかないってば!」
「心ぱいするな。別にお前を引きわたしに行くわけじゃない」
じゃあ何だと言うのだこのやろう!こんちくしょう!
そうは思うも一度踏ん張り損ねてぐいぐいと手を引かれてしまうと、非力な幼子である私はうまいこと止まることもできない。
不本意ではあるが黙って従うしかないらしい。ちくしょう、なんて強引なお子様なんだ!
まったく最近の子供は……、と『大人に言われたくない台詞トップ3』に入りそうな台詞を内心で呟きながら大人しく少年の後ろを歩く。暫くそのまま進んでいると、自分達がどこに向かっているのかが段々と分かってきた。
「ちか?」
前を歩く少年に尋ねてみると「ああ」という短い答えが返ってきた。え、他に何か無いの。なにそれ愛想悪い。折角顔は整ってて可愛いのに、可愛くないぞ少年!
それにしても地下に向かってるのは分かったけど、地下に何があるんだろうか。如何せん私はこの都立図書館に来たのは今日が初めてなのだ。館内の地理に明るくないので向かっている場所だけ分かってもあまり意味が無い。
行こうとしてる場所に何があるかくらい教えてくれればいいものを、と唇を尖らせていると、ふいに地下に続く階段が終わって少年が唐突に振り向いた。
「な、なに?」
「ここで少し待ってろ」
それだけ言い残して少年はさっさと何処かへ行ってしまう。何なんだよほんとに、と内心ぶつぶつと文句を言いながらもどうしようもないので大人しく待っていると、少年がなにやら紙片を2枚手に帰ってきた。いくぞ、と再び私の手をとると、返事も聞かずにずんずんと進んでいく。
別にどうでもいいんだけど、なんかこの子命令口調多いよね。子供のうちからこんな威圧的な喋りでいいんですかね。
「ここって……しょくどう?」
「ああ」
少年が私の手を引いて連れて来た場所は、なんと食堂だった。図書館に食堂なんてついてるもんなのか。都立?都立だからなの?とりあえず死ぬ前に使ってた市立図書館にはなかったよそんなもの!
なにそれすごい、とつい周りをきょろきょろ見回していると、いいから座れと近くの適当な席に座らされた。それから大人しく待っているようにと言い含められ、カウンターの方に歩いていく少年をしょうがなく見送る。
いやー、とことん年下&迷子扱いですねぇ彼!当たり前なのは分かってるんだけど、やっぱ微妙な気分になるというか何というか。複雑なコナン心ってやつです。見た目は子供だけど、心は大人に近いんだよ!
「ぎょうぎがわるいぞ」
ちょっとむくれてテーブルに突っ伏していると、戻ってきた少年に眉を顰められながら注意された。わぁい追い討ち、なんてちょっとへこんだと同時に、目の前にかたんとトレイが置かれる。淡い緑色のトレイの上には、液体の入ったコップが二つ。
「えーっと……?」
「転ばせたからな。そのわびだ」
オレンジジュースでよかったか?と聞くのでこくりと頷く。でもいいんだろうか、こんな小さい子に奢らせたりして……。
「えんりょするな。手がすべるほど汗がにじんでたんだから、のどかわいてるだろ?」
小さいから体しゃがいいんだろうな、と言いながらお茶を飲む少年に思わず「いや、おまえもじゅうぶんちいさいから」とツッコミをいれた。言っとくけど、人のこと小さいとか言えるほどお前成熟してちゃいねぇぞ。全然、俄然、子供ですから!
そんなことを思ってつい口に出してしまった言葉に、少年は「目上の人間に『お前』というのはどうなんだ……」とか何とか言って眉間に皺を寄せた。このやろう、何を言うかと思えば……!
「きみだって、さっきからひとのことおまえってよんでるれしょ!」
少しムッとして睨みをきかせながら(実際に睨んでいるように見えたかは別として)そう言ったが、肝心なところで噛んだ。『れしょ』ってアンタ、幼児っぽさ丸出しじゃないですか!いや、幼児だけれども!
情けねぇ!と内心ちょっと慌てていると、少年は特にそれに突っ込むこともなく「おれはおそらくお前より年上だ。それに名前を知らないんだから、仕方ないだろ」と言い放った。年齢のことはともかく、それは私もだろがボケェ!
小さい子相手に大人気ないが、若干イライラしつつ(小さい子っぽくないのが悪いと思う。人のこと言えないけど)こっちだって知らないと訴えると、少年はまた眉間に皺を寄せる。今度はどうやら自分に対して、らしい。
「……わるかった。おれは手塚国光っていうんだ」
「あー、うん。わたしはおおとりっていいま……はあ?」
言い終わる前につい素っ頓狂な声を出てしまった。しかも予想以上に大きな声で。
再び少年の眉間に皺が寄せられていくのを止められないまま、私は心の中で「手塚のくせに眼鏡してねぇ!」と叫んだ。
Afterword
お節介な少年の正体は手塚でした。一応、多少喋りを幼くさせてみたつもり。
六歳くらいなら手塚もまだ眼鏡してなかったりするのかなぁと思って書いてみました。ヒロインは手塚が眼鏡掛け始めたら「わあ、徐々に私が見たことある『手塚国光』になり始めた……!」と密かに思うんでしょう。
2009/04/19