オペラ座の紳士 1


 シンプルな真っ白のブラウスと、それに合わせた薄手のカーディガンにタータンチェックのローライズスカート。それから手触りの良さが気に入っている大きめの黒いシフォンタイ。
 昨日お母さんと選んだそれらを身に着け、最後にシフォンタイを襟元でリボン結びにしてから大きな姿見の前に立つ。試しにくるりと一回転するとスカートのプリーツがふわりと広がった。

「よーし、じゅんびおっけーい」

 鏡の中の自分が可愛らしい格好で可愛くない仁王立ちをしながら、うんうんと満足気に頷く。後は髪の毛だけ!と小物入れからバレッタやらコサージュやらを取り出していると、「さん、入ってもいいですか?」という声と共にコンコンとドアがノックされた。

「はーい、どうぞどうぞ。入っちゃってー」
「失礼します……あ、着替え終わってたんですね。可愛いですよ!」
「うん、えーと……ありがと、さよこさん」

 様子を見に来たらしい沙代子さんに可愛い可愛いと手放しに褒められて、思わずちょっと照れる。
 なんというか……確かに今の自分の容姿は自分でも可愛い部類だろうって認識はあるんだけど、人に言われると照れますね!流石に!
 『鳳』になってから容姿を褒められることは多くなった(あ、多くなったも何も前は言われたことなかったんじゃとかそういう余計なツッコミいりませんので)(言われたことくらいあるんだからね!……主に親戚にだけど!!)けど、やっぱこういうのは慣れませんね。どういう反応を返したらいいのか困る。言われたいけど言われると戸惑う、乙女心は複雑なのです。

さん、今日は髪纏めるんですか?」
「うん、あるていどきちんとしといた方がいいかなって」

 きねん公えんだしね、と言いつつバスケットからレースのフラワーコサージュを取り出す。すると横から私がやりますよ、と手を差し出されたので素直にそれを渡した。
 沙代子さんとの付き合いももう結構長いので、何も言わずともサイドの髪だけ纏めてハーフアップにしてくれる。仕上げにフラワーコサージュでゴムを隠して完成。サイドで一つに纏めるのも好きなんだけど、縛るならハーフアップが一番好きなんだよね、私。沙代子さん分かってるなぁ。

 さっきもチラッと言いましたが、今日は家族でオペラの記念公演に行って参ります。
 なんでも最近この近くに大きな劇場が新設されたらしく、その劇場の開場記念公演があるんだそうです。結構立派な劇場の開場記念なのでそれなりの格好をしていった方が良いとのことで、張り切って前日から準備してました。去年初めてオペラに連れて行かれたばっかりでまだオペラ鑑賞の経験が少ない私としてはちょっと緊張です。でも楽しみ!
 ありがとさよこさん、とお礼を言って立ち上がるとパタパタと私の廊下から軽い足音が聞こえてきて、コンコンとドアがノックされた。ちょうど良くお迎えも来たようですし、オペラ鑑賞行ってきます!








「ちょた君、すごくうれしそうだねぇ」

 劇場までお父さんの愛車で20分。駐車場から屋内に入るまで多分5分くらい。その間にこにこと笑みを絶やさないちょた君に、思わずしみじみとそう呟いてしまった。
 ちょた君って確かに音楽好きだけど、そこまでオペラ好きだったっけ。
 ちょっと疑問に思いつつにこにこにこにこと微笑み続けるちょた君をみていると、「うん。、今日とくべつかわいいから」というストレートな褒め言葉が返された。え?私が振った話、そんな内容だった?

「あのー……ちょた君?ほめてくれるのはうれしいんだけど、りゆうになってなくない?」
「だって、がかわいいとぼくすごくうれしいよ」

 にこーっ!と今日一番だと思われる微笑みを向けられ、思わず「馬鹿、お前のが可愛い!」と心の中で叫んだ。本当に可愛いなぁ、うちの兄。この先もし反抗期とかになったらお母さん達だけでなく私までショック受けそう。どうしよう、軽く無視とかされるようになったりしたら。とりあえず漫画読んでた限りでは中学までは平気だろうけど、思春期は何があるか分かんないからなぁ。
 そんなことを考えながら歩いていると、トンと近くにいた人に肩が軽くぶつかった。しまった、前方不注意。

「あ、すみませ―――」
「ん?おや、君は……」

 、かな?と声を掛けられ、咄嗟に下げようとした頭を上げて自分よりかなり上の方にある相手の顔を仰ぎ見た。

「あ、さかきさん」

 そこにあった忘れようもない整った顔に思わず声を上げると、「ああ、覚えていてくれたのか」と微笑まれる。うん、まあ、なんたって榊太郎だしね。それにちょっと前に会ったばっかりだし、しっかり覚えてますよ。

「あら、榊さんじゃありませんか」

 私が立ち止まったせいでどうかしたのかとこちらを振り向いたお母さんも、榊さんに気付いて入場口に向かう足を止めた。そして榊さんの方に向き直ると「先日は娘がお世話になりまして……」とお決まりの挨拶と共に頭を下げる。そして榊さんもいえいえそんな、とお決まりの台詞を返して大人の挨拶が続いていく。

 先日この榊太郎と遭遇してそんなこんなで新しい洋服を買ってもらっちゃった後、勿論私は両親に会ってくれるようお願いした。だって買ってもらった服は総額で5万円。庶民思考の私が「ラッキー!お洋服買ってもらっちゃった☆」で済ますことのできる額じゃない。しかも初対面の赤の他人。そして両親からも丁重お礼を述べてもらい(服の代金は結局最後まで受け取ってもらえなかったけど)その場で別れたが、こうしてまた再会するとは。しかもそんなに間を置かずに。すごい偶然。

「それにしても、偶然ですね。こういった所でお会いするとは思いませんでした。榊さんもオペラをご覧になる趣味が?」
「ええ。この劇場は榊グループが新設したものなので、今回はその視察も兼ねているんですが」

 私の心の中を代弁したかのようなタイミングで放たれたお父さんの言葉に返されたその答えを聞いた瞬間、ギョッとした。えええ、榊グループぅ!?
 外見からして既にセレブ感バリバリで、しかも金銭感覚的にもセレブ丸出しでしたが榊グループって!だって榊グループってアレでしょう?よく番組最後の提供の部分に出てたりするあの榊グループでしょう!?すーげー、何ソレ。漫画読んでた時も金持ちそうだと思ったけど、そこまでの金持ちだったとは……。そりゃ幼女にポンと5万も出す訳だよ!
 これには両親も流石にびっくりしたみたいで「えっ、榊さんて、あの榊グループの……」と驚きの声を上げている。榊さんはお気になさらずとかなんとか言ってるけど、普通超気になるよ!だって視察とかに来るくらいだからあの大企業の結構偉い方の人なんでしょ!?ていうか“榊”って名前からすると多分トップに近い人なんでしょ!?超ビビリますからソレ!

「そうでしたか……。ああ、でもお仕事も兼ねていらっしゃるなら、これ以上はお邪魔になると悪いですね」
「いえ、構いませんよ。視察は本当についでですから。今日は趣味の意味合いが強いんです。今日の公演は私の好きな演目でしてね」
「おや、榊さんもなんですか」

 私も今日の演目は……、と何やら盛り上がり始めた榊さんとお父さんにちょっとポカンとした。え、何この意気投合具合。しかも榊グループって聞いて私結構ビビッたんだけどお父さん全然ビビッてないし。流石、伊達に売れっ子弁護士やってないってか。時々著名人の依頼もあるらしいとか漏れ聞くしな……。
 二人が盛り上がっている間、所在無さ気に立っていることしかできない私とちょた君は「ちょっと向こうで待ってましょうね」とお母さんに手を引かれてロビーの端に設置してあるふかふかのソファーへと移動することになった。別に話すのはいいけど、開演時間は忘れないでよね!










Afterword

前の榊話だけだとその場だけの絡みで知り合いにはなれないので、きちんと知り合うべくこんな話を書いてみました。途中にある『兄に反抗期がきたら』というヒロインの心配は正に天が落ちてこないかと心配するのと同じくらいの杞憂です。親に反抗してる暇があるなら妹を愛でるよ、アイツは。この頃は兄も幼いので、ヒロインも素直に兄を可愛いと思えている頃ですね。
2009/09/05