誠の恋をするものは 1
夏休みも半分以上が過ぎた8月の中旬。全国大会での氷帝学園の初戦の相手である椿川学園との試合がお昼過ぎにあるということで、私はお弁当持参でバスを乗り継ぎアリーナまでやってきていた。
「良かった、無事に着いたー……」
特別方向感覚が悪いつもりはないけど、普段バスとかあんまり使わないから乗り間違えたりしないか不安だったんだよね。まあちょた君の心配の仕方は行き過ぎだけど。
今朝の兄の様子を思い出してふうっと軽く溜め息を吐きながら、そういえば今何時だろう、とポケットから携帯を取り出す。ディスプレイに表示された数字を見ると、試合開始まではまだ結構時間があった。ちょうどいい、早めのお昼にしちゃおう。
コンクリートの道から外れて人気の少ない手頃な木の下で腰を下ろし、バッグから小さめのバスケットを取り出す。
今日のお昼は私も手伝って作ったサンドイッチだ。まあサンドイッチだから手伝ったって言ってもただ具を挟んだだけなんだけど。因みに中身はタマゴサンドに、ハムチーズ、ツナ、あと一番楽しみなローストビーフの4種類。沙代子さんのローストビーフは絶品なので、出掛ける時から食べるのが楽しみだった。
「いただきます」
ぱん、手を合わせてからまず定番のタマゴサンドに手を伸ばす。そしてそれを口に運びかけたところ、ガサガサッ!と近くの植え込みが激しく揺れた。えっ、何事!?
思わずバスケットの中へと伸ばした手を止めて植え込みを見つめていると、そこから凄い勢いで小柄な少年が飛び出してきた。植え込みを出たところで少年は急停止すると、葉っぱだらけの赤い髪をぶるぶると犬のように振る。
ええー、ホントに何事だよ!?と私がびっくりして固まったままその少年を凝視していると、粗方葉っぱをふるい落とした彼がひょいと顔を上げたのでばっちり目が合ってしまった。その途端、少年が私の方に向かって走り出す。
「えっ、ちょ、何……っ!!」
まさかいきなり現れた少年がそんな行動に出るなんて思いもしなかった私は、驚くあまり咄嗟に避けることもできずに間近に迫る人影を前にぎゅっと目を瞑った。しかし、暫く経っても一向に何も起こらない。そっと目を開けてもそこには何もなく、さっきの少年は何処にも見当たらなかった。
「こっちやこっち!」
何だったんだろう?と周りをきょろきょろと見回していると、そんな明るい声と共に上から数枚の葉っぱが舞い落ちてきた。慌てて頭上を仰ぐと、そこには太い木の枝の上で蛙みたいにしゃがんでいる少年の姿。目が合うと、今度はニカッと顔全体を使ったような満面の笑みを向けてくる。よっ、と軽い掛け声と共にその少年が立ち上がると、ギシッと枝が軋んでまた葉っぱがはらりと落ちてきた。
「おっさん来ても何も言わんとってな!」
その少年はにこにこ笑いながらそんなことを言うと、ガサガサと枝を揺らしながら木の上の方、より葉っぱが生い茂っている枝へと移動し始めた。暫くそれを見ながら呆然としていたが、またはらはらと落ちてくる葉っぱにハッと我に返る。バスケットの中にめっちゃ葉っぱ入った!!
私の昼食が!とサンドイッチの上に乗っている葉っぱを何枚か取り除いてから、私はまたふと我に返った。いや、明らかに今考えるべきことはそれじゃないだろ、私。
しっかりしろ自分!と努めて冷静になるよう言い聞かせながら、改めて自分が背にしている木を仰ぎ見た。少年はすっかり茂った葉の中に身を潜めてしまったようで、今はその印象的な赤い髪も、派手な色のジャージも見えない。ここからあそこまで、ジャンプしてったのかぁ……。多分枝に掴まってよじ登ったんだと思うけど、それでもかなり凄い。相当な跳躍力だ。身軽なんだなぁ。まあ、見るからにそんな感じの子ではあったけど。
はあ、と感心混じりの溜め息を零して、あれ、でもおっさんって誰のこと?と私が首を傾げた直後、また近くの植え込みがガサガサと揺れて今度は白いキャップにポロシャツの中年男性が現れた。
「君っ、ここに男の子が来なかったか!?」
格好から察するにこの大会の関係者らしいその男の人(大会本部っぽいとこにいた人達が着けていたような腕章をしている)は、きょろきょろと辺りを見回して私を視界に入れると勢い良く話しかけてきた。黄色と緑のジャージを着ていて、赤い髪の!とせっつくように言葉を重ねる男の人に、どうしよう……と私は返答に困ってしまった。
この男の人が言っている『男の子』っていうのは間違いなくさっきの彼だし、さっきの子が言っていた『おっさん』というのも多分この人のことなんだろう。それで、私は今この男の人に「ここに男の子が来なかったか」って聞かれて、でもその前に「何も言わないで」って少年に言われちゃってるわけで。
うーん、と心の中で悩んだのはほんの1秒足らず。私は口を開くと「来ましたよ」と男の人に告げた。それと同時に頭上の枝がかさりと揺れ、また葉っぱ落ちてきた。
「本当か!どっちに行ったか分かるかい!?」
ちょっと不自然な揺れ方をした木の枝になんて目もくれず、男の人は私の発言の方に食いつく。向こうの方に、と寄り掛かっていた木の向こう、つまり今まで私が向いていた方と反対の方向を指し示すと、男の人は「ありがとう!」と言うとまた走って行ってしまった。
一応、嘘は吐いてないつもり。だってさっきの子、方向的にはこっちに走ってきたもん。ただ、その途中でジャンプして、今は木の上だけど。どっち、って方向聞かれたから、方向だけ答えただけだし……。
お礼の言葉に若干罪悪感を覚えつつ心の中でそんな屁理屈以外の何ものでもない言い訳を並べていると、さっきの少年がぴょん、と木の上から私の目の前に飛び降りてきた。
「ビビッたぁー!何やバラすんか思てほんま焦ったわ〜!」
少年はホッとした様子でそう言いながら私の方を振り向くと、「おおきにねえちゃん、助かったわ!」と笑った。別に気にしないで、と答えるべく私が口を開いた瞬間、ぐうぅぅと盛大にお腹が鳴る音が。その盛大な音に思わずパチパチと瞬きを繰り返すと、少年が眉を八の字に下げながらお腹に手を当てた。
「……せやった、ワイ、むっちゃ腹減っとったんやった……」
もうアカン……と言いながら、少年はへろへろとその場にしゃがみ込む。そしてそのしゃがみ込んだ先に広げてあった私のお昼ご飯を目にして、ピタリと動きを止めた。釘付けになっている。視線が、正に釘で打ち付けたかのように……。なんて、分かりやすい……。
「えーっと、あのー……。良かったら、半分食べる?」
いいなぁいいなぁ、と言いたげな目に耐えきれなくて思わずそう声を掛けると、それはもうキラッキラと目を輝かせながら少年はバッと顔を上げる。そして、「ええんかぁっ!?」と嬉しそうに叫びながら躊躇うことなくバスケットへと手を伸ばした。ああっ、それ、楽しみにしてたローストビーフのやつ!このやろう、流石は育ち盛りの男の子だな!やはりまずは肉にいくか!!
くそぅ、楽しみは後に取っておく派なのが災いした……!と暫くショックを受けていたが、ガツガツと豪快にサンドイッチを頬張る少年を見ているうちに何だかどうでもよくなった。気持ちいいくらいの食べっぷり。そんなに美味しそうに食べてくれるならもういいよ、許すよ。ローストビーフならまだ家に帰ればあるだろうし。
そうして自分を納得させると、私も改めてサンドイッチに手を伸ばす。私も早く食べないと、この調子じゃ「半分食べる?」って聞いたにも関わらず全部食べ尽くされちゃいそうだ。
「君、半分!半分だけだからね!これ私のお昼ご飯なんだから!」
「ん、半分な!」
「そう、半分。半分は確実にあげるから、もう少しゆっくり食べよう?君食べるの早過ぎるって!」
もっとよく噛みなさい!とぴしゃりと叱るが、時既に遅し。少年はパンッと手を合わせると、「これでちょーど半分やんな!ごっそーさん!」と笑った。この子、いっつもこんな食べ方してるわけ?そのうち顎退化するぞ!
「ねえちゃん、ほんまおおきに!めっちゃ美味かったで!!」
「あー、そう……うん、それなら良かったよ……」
ちょっと露骨なくらい呆れた顔をしている私なんて意に介さず、少年はにこにこ笑いながら「ワイ、遠山金太郎いうねん!よろしゅうな!」なんて自己紹介をし始める。なんかもう、この子に注意とかしても無駄そうだな……。
ふう、と気分を切り替える意味合いで一つ溜め息を吐いて、「鳳っていいます。よろしく」と同じように軽く自己紹介をした。もうこの子には極力つっこまない方向でいきます。極力、極力ね!
「それで、早速ですが遠山君」
女子の弁当の半分を貰ったくらいじゃまだまだお腹が空いているらしい遠山君(言っとくけど私も物足りないんだからな!)にデザートの生クリームとフルーツを挟んだオムレット(これは自作。一応保冷剤と一緒に持ってきたから生クリームは溶けてない。真夏に生クリームもの持参とか、我ながらチャレンジャーだ)をお裾分けしつつ、ちらりと遠山君の方を窺う。
もふもふとそれを頬張りながらも「んー?」と遠山君が返事をしたのを確認して「遠山君は何で追われてたの?」と更に続けると、遠山君はバッと大きな動作でバスケットから私の方へ振り返った。それからごっくんと1個目のオムレットを飲み込んで、「それがなおーとり!」と無駄に大きな声を出す。ホントに元気な子だ。
「自販機がいきなし叫びよってん!!」
「はあ?」
意味が分からず思いっ切り『なんだソレ』という顔をすると、遠山君は焦れたように手をバタバタさせながら「せやから!」と喚いた。
分かった、君のその簡潔過ぎる説明から詳しい状況を理解するのには時間が掛かりそうなことだけはよく分かった!だから話す前に、とりあえず私にご飯食べさせて!!(自分から聞いといて申し訳ないけど、結局まだ全然食べられてないんだもの!)
Afterword
全国大会の日程は40.5に詳しく書いてありましたが、都合つけるのが酷く面倒くさい日程だったのでバッサリ無視させてもらいました。畜生堀尾、余計な情報よこしやがって。大人しく眉毛繋がれてろ!(?)
金ちゃんみたいなキャラは突拍子もないことやっても違和感なくて、場面をガンガン進めてってくれるので好きです。言い方は悪いが、凄く便利で書く側としては大助かり!
因みにタイトルは(仮)って感じです。恐らく四天編が全部書き終わったら改題されてます。
2009/11/02