誠の恋をするものは 2


「でな、追っかけられとるうちにめっちゃ腹減ってきてん。せやけど昼はなんや用意されとるらしいし皆でそれ食べよなーて言うてたからワイ、何も持っとらんし。そんで食べる前にワイ一人んなってもうたから、何も食べられへんかってん!ほんっま最悪やったわ!!」
「そっかそっか、それは大変だったねぇ」

 うんうん、と適当な相槌を打ちつつ、いまだグァーッと話し続けている遠山君そっちのけで頭の中を整理する。うん、うん……ああ、やっと分かったかも。
 たった今聞いたばかりの遠山君のちょっと主観的過ぎて(そして派手な擬音が入り過ぎて)理解しにくい話を私なりにまとめてみると、大体こうである。

 まず、遠山君は同じ学校の人とはぐれてしまって、その人達を探してこの会場内を走り回っていたらしい。なんでも、他校の試合を見に行く途中(まあ多分青学とかと同じ、所謂シードってやつなんだろう)だったそうで。
 それで遠山君は勝手にいなくなったりしたら怒られる!と思い(この辺りで遠山君は“白石”とか“毒手”とかいう単語を繰り返してちょっと話が進まなくなった。自分が知っていることは相手も知っている、という認識で話すのはやめてほしい)、急いで探し回っていた訳だけど、キョロキョロと周囲に視線を巡らせながら走っていたせいでその辺にあった自動販売機にかなりの勢いでぶつかってしまったらしい。ここから遠山君曰く『自販機が叫ぶ』という事態に繋がる訳である。

 つまりは、ただショックセンサー付きの自販機に衝突してしまったというだけの話だった。遠山君にガツンと思い切り衝撃を与えられた自販機は「やっべ、コレ自販荒らし?俺今ヤバいんじゃね?銭?銭盗られそうになってんの?」と考え周囲に警戒音をまき散らしたというだけのこと。
 そしてその音を聞きつけた大会だか会場だかの関係者が飛んできて、遠山君は思わず逃げてしまったという具合だ。

「遠山君さぁ……それは、遠山君が悪いと思うよ。普通に」

 話を聞き終わってからそう一言告げると、「なんでや!ワイ走っとっただけやで!?」と遠山君は不満げにギュッと眉を寄せた。
 だって悪意はないとはいえ、不注意で自販機ビービーいわせちゃったんなら怒られても仕方ないよ。なのにそこで逃げちゃったら向こうは悪いことしてたのかと思うし、本気で追いかけられちゃうじゃん。さっきのおじさんだって暇じゃないんだから、「自販荒らしじゃないです。事故なんです、ごめんなさい」って素直に話してそれなりに怒られて、それで終わりにしてあげないと向こうだって無駄な苦労しちゃって可哀想だ。
 そう軽く説教みたいに説明したが、遠山君はまだ納得がいかないようで口をへの字にして「せやけど……」と言葉を重ねる。

「ワイほんまに急いどってん!早よ帰らんと白石がまた毒手や言うて……」

 そこまで口に出して、遠山君は急にハッとした表情で立ち上がった。

「せや、毒手……!あ゛〜、もうむっちゃ時間経っとるし、白石絶対怒っとるやんなぁ……?」
「まあ、はぐれてからそれなりに時間経ってるなら、怒られるんじゃないかなぁ……」

 自分の立場で想像してみても、確実に跡部先輩に怒られる。私の場合は『探す手間をかけた』ってことよりも、『私がいなくなってしまったことを知ったちょた君を抑えるのが凄く大変だった』ってことを怒られるんだろうけど。
 でも、確かに怒られるだろうなというのは分かっても、隣で「まだ死にとうない!」と騒いでいる遠山君が何でそんなに怯えているのかが良く分からない。そもそもさっきから遠山君の話によく出てくる“毒手”なるものが何なのかが分かってないし。その“白石”というのは怒られるだの何だの言ってるあたり部長とかその辺の人なんだろうなっていうのは分かるけど。……まあ、不思議に思っても聞きませんけどね。遠山君が分かりやすい説明苦手なのはもう分かったし。

「なぁおーとりぃ、どないしよう!おーとり、白石達どこ居るか分からんの?」
「いやいやいや、知るはずないですから。ていうかそもそも白石さんとやらを存じ上げませんから。さっきまで一緒に居た遠山君が知らないのに、私が知ってたら逆に怖いよ!」
「あ゛ぁ〜、むっちゃヤバイやんか!ほんまワイどこ行ったらええねん!!」

 オッサンが追っかけてきたせいや!!と何の責任もない、むしろ迷惑を掛けられた側である大会関係者に責任転嫁し始めた遠山君は堪らないといった風にグシャグシャと髪の毛を掻き混ぜる。何かもう、頭の中も外もぐちゃぐちゃになってる感じだ。
 それを見かねて思わず「あの、一緒に探そうか?」と進言すると、遠山君は大きな目をぱちぱちと瞬かせた。

「……ほんまに?」
「え、うん……遠山君とこの学校って、どこか他の学校の試合見に行くことになってたんでしょ?どこの学校かさえ分かれば、私対戦表も会場の見取り図も貰ってるから割とすぐに見つかると思うし……」
「……っ、おーとり!ほんまおおきにぃ!!」

 どーん!と体当たりする勢いで思いっ切り飛びつかれ、案の定後ろへ倒れ込むことになった私は木の幹に背中と後頭部を強かに打ちつけた。てっめ、前言撤回すんぞこのやろう……!!








「ほんならおーとりは兄ちゃん見に来たん?」
「うん、まあ全国大会だしねー。家族としては一応その雄姿を見とこうかと」
「ふーん、せやったらその兄ちゃんトコの学校が勝てば、ワイらと当たるかもしれへんな!」
「自分達の学校は勝ち進むこと前提なんだ」

 自信家だねぇ、と私が思わず漏らせば、「せやってワイら負けへんし」と遠山君はなんともないような顔でケロリと言い放った。なんていうか、自信満々な訳でも驕ってるような感じでもないところが妙に真実味があるな……。結構な強豪校の子なんだろうか。
 そんな風に取り留めのない世間話をしつつ遠山君のチームメイトがいるであろうコートを目指していると、不意に遠くの方から「あっ、金太郎さんや!皆ぁ、金太郎さん居はったわよぉ!」という高めの、でも女の人のものではない声が聞こえてきた。

「ああーっ、居った!居ったでおーとりぃ!アレや!」

 遠山君も声が聞こえたらしく目を輝かせてそう言ったかと思うと、「やっと見っけたでー!!」と叫んで鮮やかな黄色と緑のコントラストが目に痛い……いや、眩しいと言っておくべきか、とにかく妙に目立つジャージの集団に向かって走っていった。あー良かった、見つかって。もし目星付けた場所で見つからなかったらどうしようかと思った。地味に心配してたんだよね。
 それから遠山君が再会した学校の人達とわいわい騒いでいるのを遠目に見ながら「私はもう帰っちゃってもいいかなぁ……?」なんて思って踵を返しかけたが、ああそういえば、と途中でそうもいかないことを思い出した。や、そうもいかないって程でもないけど、一応遠山君がしでかしちゃったことを伝えておかないとね。
 そのために毒手だの何だのと盛り上がっていて若干近付きにくい集団にそろそろと控えめに近寄っていくと、少し輪から外れたところに佇んでいた目付きの鋭い黒髪の人と目が合った。うっわ、この人耳すっご!幾つ穴あんの中学生のくせに!

「…………何や」
「あ、えーっと、部長さんいらっしゃいますか?」

 すげー超カラフル!とか、学校側はこんなん許しちゃってるわけ?とか頭の中で色々考えつつもとりあえず用件を伝えると、その人は興味なさ気にふいっと視線を外して「部長、呼んどる」と賑わっている輪の中へ声を掛けてくれた。その声に反応してこちらを振り返った輪の中心にいたその人は、私と目が合うと「ああ、すまん!」と声を上げる。

「君があのゴンタクレ、連れて来てくれたんやろ?礼も言わんとほったらかしにして悪かったわ」

 とっ捕まえて叱り付けていた途中だったらしい遠山君をパッと放した部長さんは、私の前に立つと「ほんまおおきに。助かりました」と頭を下げた。うん、とりあえずさっきから思ってたんだけど、この学校の人、きっとテニプリのキャラだよね!
 だってさ、どうよ、この顔の良さ。遠山君にさっきの黒髪の人と、妙に顔立ちの整った人が重なったからもしかしたらと思ったけど、この人を見て確信しました。なんか、輝かんばかり!って感じなんですけど。跡部先輩とはまた違った感じに、ものっ凄い美形。その傍にいる金髪の人もバンダナの人もそれぞれカッコイイし、これは間違いないね。まあぶっちゃけもう漫画の内容とかほぼ覚えてないし、テニプリのキャラとかそんなんもう結構どうでもいいんだけど。

「いえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい、自分で言い出したことなんで」
「おおきに、そう言うてくれると助かるわ」
「えーと、それでですね……遠山君のことで、ちょっとお話しておきたいことがあるんですけど」

 話しときたいこと?と首を傾げる部長さんに、遠山君から聞いた話を要点だけザッと話す。話が進むごとに曇っていく眉を見ながら、「ごめん、遠山君……」と心の中で一応小さく謝っておいた。君、後で確実に怒られるわ。

「あんの、ゴンタクレ……」
「えっと、一応後で会場の方に謝罪しておいた方がいいかと思います。遠山君、思いっ切り背中に『四天宝寺』って書いてあるジャージ着たまま逃げてたみたいなんで……」

 そこまで聞き終わると部長さんは、はあー……と大きく深い溜め息を吐きながら、額に手を当てて軽く俯いた。御苦労、お察しします……!

「おおきにな、自分、その話聞くの大変やったやろ」
「あー、そうですね、結構時間は掛かりましたけど……すみません、そんなことしてる間に連れて来ちゃった方が良かったですか?」
「いや、ほんっま助かったわ。あのアホ、怒られるん嫌で自分では絶対言わんかったやろうし」

 部長さんはそう言いながらきょろきょろと周りを見回して、遠くの方で改めてご飯を食べているらしい(部長さんから解放された瞬間に即行ダッシュで逃げて行った)遠山君を見つけると「謙也、ちょおアレ捕まえとってくれん?」と近くにいた金髪の人に声を掛けた。
 それからその人がなにやら凄いスピードで走って行ったのを見送り、遠山君が無事に捕獲されたのを見届けてうんと頷く。私の役目、これでもう終わったよね。

「あのー、私、これで失礼しますね」
「あ、もう行かなアカン?ここに居るっちゅうことはどっかの試合見に来たっちゅうことやもんな。何のお礼もできんと、ほんま申し訳ないわ」
「いえ、本当に気にしないで下さい。どうせ少し早く着いちゃったな、って思ってたんで」

 ほんまおおきにな、と再度掛けられたお礼の言葉に小さくお辞儀をして、その場を離れるためにくるりと踵を返す。取り出した地図を頼りに氷帝の試合が行われるコートを目指しながら歩き始めると、後ろから「おーとりぃ、何で喋ったんー!?」という叫びが聞こえて思わず苦笑いした。

「ごめんねー!でも必要だと思ったからー!」

 振り返ってそう叫び返すと、「必要なんやあらへんわー!」と遠くで遠山君がぴょんぴょん飛び跳ねる。それにまた苦笑いしながら、今度こそコートへ向かうために踵を返した。

 一人だけ、いつ視界に入ってもこちらを向いている人がいたことを少しだけ不思議に思いながら。










Afterword

今回、ちょっと意味深な感じで終わってみた。ブログとか見て下さってる方には無意味でしょうけど。
これもう、自分的にキタァー!!って感じですね。ついに、ついにここまで来てしまった……。あとはもう、勢いに任せて書くだけです!
2009/11/15