誠の恋をするものは 6
『お前、ほんま余計なことしくさりよって……。お前のせいでこっちがどんなけ苦労したと思っとんねんボケ』
「はあ!?何でお前にそんなん言われなあかんねん。なんもしてへんやろ!ただ頼んだだけやろが!」
『その内容が問題やっちゅうんが分からんのかド阿呆!まあええわ、とりあえずお前等んこと待っとってもええっちゅうことんなったけどな、さっさと来んかったらほんま帰んで俺ら』
「ほんまか!恩に着るわ侑士!やっぱ持つべきは東京の従兄弟やな!」
何調子ええこと言うとんねん、とぼやく侑士に構わず、ピッと電話を切る。それからグッと拳を握って、それぞれ俺の電話に耳を欹てていた周りの奴らにガッツポーズを作ってみせた。やったったでぇ、俺は!
「いやぁん!謙也君がやってくれはったわよ、光ぅ!」
「おう、謙也も偶には役に立つやんけ」
「偶にはてどういうことや!俺はいつでもやる男やっちゅーねん!」
ユウジの余計な一言に眉を寄せてみるが、やっぱりすぐに口角が上がってしまう。少し前までは偶然の再会を祈る以外どうしようもない状態だったが、もう一度会えるとなればこっちのものだ。侑士に頼み込んでいる途中で一方的に電話を切られた時には焦ったが、結果的に了承の返事をもらえて良かった。今回ばっかりは侑士に感謝やな。
本来自分が出るはずだったD1の試合をベンチから観戦している途中、観客席の一角に例の女の子を見つけたのは全くの偶然だった。視界に入った氷帝のジャージに「やっぱ侑士もこっち来とったか」とちょっと目を凝らしてみて、その子を見つけたのだ。
ジャージ姿の男が居並ぶ中に私服の女の子が混じっているのは流石に少し浮いていて自然と目がいくのも当然と言えば当然だったのかもしれないが、しかしそれは目の離せない試合展開が続くこの対戦中のこと。あの時俺がふと会場を見回したのは、結構奇跡的なことだと思う。
「良かったなぁ、財前。これでアドレスでも何でも聞けるやんか。ちゃんと名前も分かったし」
「せや、感謝せぇよ財前!」
白石に同調しながら財前の方へ顔を向けてにやりと笑ってやれば、財前は不服そうに「……はあ、どうも」とだけ口を動かした。試合の最中に俺が「あそこにおるん、財前の愛しの君とちゃう!?」と叫んでしまったのを未だに腹を立てているらしい。
「ほら財前、いつまでもンな顔しとったら上手くいくもんもいかへんようになってまうで?」
「別に……いつもこんなもんッスわ」
苦笑交じりの白石に素気無く答えた財前は、変わらず俺をじとりと睨んだ。コンマ単位でラケットぶん投げといて、まだ根に持つんかい。確かにあれで部の連中に大体バレてしもたんは悪かった思うけどやな、俺かてあん時ほんまに額割れたんちゃうかと思たんやぞ。そもそも、あれは小春が「光の愛しの君が〜」とか何遍も言いよるせいで俺もつい言うてもうただけの話やんか。元はと言えば小春のせいや。それ言うたら今度はユウジがうっさいから別に言わんとくけど。
「まあええわ。とにかく、挨拶済ませてさっさと行かへんとな!」
そう言ってとりあえずこの話を終わらせようとすると、「何急に仕切っとんねん」と財前にどつかれた。ほんまに後輩かコイツ。
「で、何なんコレ?どないなっとんねん」
おい侑士、と問い詰めるような調子で、忍足先輩の名前が呼ばれる。多分忍足先輩の言ってた『ケンヤ』って人なんだろうな、と思うものの、私の前には白と青の壁(つまり兄という名の肉壁)が聳え立っているので四天宝寺のどの人が喋っているのか実際のところはよく分からない。
昨日の記憶を探りながら「どの人が忍足先輩の従兄弟なんだろ。似た感じの人とか居たっけ?あ、でも従兄弟なら似てなくてもしょうがないか」なんてぼんやり考えていると、横で忍足先輩が「別にどないもなっとらんわ。ちゃんとちゃん連れてきたやろ」と不機嫌そうに答えた。
ちら、と他の先輩達の顔も窺ってみるとそれぞれ面倒臭そうだったりダルそうだったり、基本的にちょっと眉間に皺を寄せている。まあ、ちょた君をどうにか説得するまでの苦労を考えれば仕方ないことだとは思うけど。
「いや、せやからその鳳さんはどこにおるんやっちゅー話や。おらへんやんけ」
「あのー……すみません、ここにいます」
ここですー、と伸び上がってちょた君の肩口から手をひらひら振ると、「は?え、何でそんな見えんとこに……」と困惑したような声が返ってくる。すみません、これにも色々訳が。
「えーと、鳳さん?とりあえず、ちょお出てきてもらわれへんかな」
うちの財前が君に話あるみたいでな、と言う覚えのある声が聞こえて、ああやっぱり白石さんもいるのか、なんて思いつつ「申し訳ないんですけど、できればこのままでお願いします」と言えば「ええ……?」とさっきと同じように困惑しきりといった感じの声が返ってきた。
「に伝えたいことがあるなら、俺を通してお願いします!」
強い語調でそう宣言しながら仁王立ちするちょた君の横からこっそりと向こうの人達の様子を窺うと、やはりというか全員同じようにぽかんとした顔をしていた。仕方がない。このぽかんとするしかない状況こそ、ちょた君が「話ぐらい聞いてもいいんじゃないかな」という私の意見をどうにか受け入れるために出した妥協案なのだ。
忍足先輩が四天宝寺にいる従兄弟の人から『私に話があるのでどうにか待っていてほしい』という電話を受けた後、私達は一時試合観戦どころの話ではない大騒ぎになった。
私が名指しされたことでちょた君が「どういうことなんですか!」と何の非もない忍足先輩に詰め寄り、詳しい用件を聞いた後には「反対です!嫌な予感がします!」とやいやい騒ぎ立てたのだ。まあつまり、私達というかちょた君が大騒ぎだった訳である。
とりあえず落ち着けと言い聞かせ、まあまあと宥め続けてどうにか四天宝寺の人達を待つことにも同意させたが、『私のポジショニングはちょた君の後ろ以外不可。用件はちょた君を通して聞くこと』という条件は頑として譲らなかった。
まあそんなこんなで私はこうしてちょた君の背中ばかり見つめながら皆の会話を聞くことになっている訳だけど、事情が何も分からない四天宝寺の人達(そもそもちょた君のシスコンぶりを知らない訳だし)にとってはまるで意味の分からない状況だろう。話を聞くといいながら姿を現さない私に、あんまり気を悪くしないでくれるといいんだけど。
「ええと、何なんかな、君は」
「の兄の、鳳長太郎です。何か用があるんでしたら俺に言って下さい」
相手が明らかに戸惑っていることなど気にもせず堂々と言い放つちょた君に、誰かが「はあ?」と不機嫌そうに呟いた。うわ、早速険悪な!とハラハラしていると、「こいつアホとちゃうか?」と苛立ちを含んだ声が続く。
「何で本人そこにおるっちゅーのに態々お前通して話さなあかんねん」
「こらっ、駄目でしょユウ君!鳳さんのお兄さんにそないなこと言うたら!」
「せやけど小春、ユウジが言うことも尤もやで。なあ、悪いんやけど俺ら、ちゅーか財前が用事あるんは自分の後ろにおる子ぉやねん。話くらい直接させてくれてもええやんか」
「いいえ、俺を通して下さい。まだどういう人間なのかも分からないような人達に、を簡単に会わせる訳にはいきません!」
頼むわ、という声にちょた君がきっぱりとした拒絶を口にすると、また少し空気がピリピリしたものになった気がした。私の位置からではちょた君の背中しか見えないから正確な状況はよくは分からないけど、やっぱり一方的に拒まれて向こうもちょっとムカッときたんだろう。それに面と向かって『どういう人間かも分からない』なんて言っちゃってる訳だし。
そんな言い方は流石に……、と少し嗜めようとちょた君の裾を少し引っ張るが、私が口を開くより早く「何やねん、お前?」という幾分険のある声がちょた君へ投げ掛けられる。
「ただ兄貴やっちゅーだけやろ?何でそんなん言われなあかんねん。ちょっと話すだけやて言うとるやんか」
「この状態でだって話はできるはずです。俺だってさっきからそう言ってるでしょう!それに、俺にはを守る役目があるんです!」
「はあ!?ちょお白石、コイツ、なんやほんまにおかしないか?普通とちゃうやろコレ!」
「謙也お前うるっさいで、もう兄貴がおかしかろーがどうでもええやろ。この際んなモン無視せえ無視!オイ財前、さっさと言うてまえ!お前さっきから何黙っとんねん!」
「はあ?いきなり振らんといて下さいよ。先輩らがうっさいから黙っとったんやないッスか」
「あーもう、謙也もユウジもちょい静かにしとき!何でもっと穏便に話進められへんねん……」
「せやけどな白石……!」
ぎゃんぎゃん、ぎゃんぎゃん。
言い合いが続くに連れて全員の声が徐々に大きくなっていき、周りがどんどん喧しくなってくる。相も変わらず私の目の前にはちょた君が立ちはだかっている上に一斉にやいやい言い始めたので何かもう誰が誰に話しているのかもよく分からなくなってきたが、ただ一つ分かることがあった。跡部先輩のこめかみ、ちょっとピクピクし始めてる。
ヤバイ、先輩今のところ黙ってるけど、確実におつむにキちゃってますよコレ……!と横でやたらと静かに佇んでいる跡部先輩の顔色を窺いつつ、ハラハラと四天宝寺の人達と押し問答を続けるちょた君の背を見上げる。
「だから!このままでいいでしょう!用があるんでしたら早く言って下さい!こんな暑い日にずっと屋外に居たらが熱中症になります!」
「っだぁああ!コイツほんま話んならんで!もうええわ、財前言うてまえ!」
「うわ、ちょ、押すなや!口で言えば分かりますて!つか何で謙也さんがイラついとるんスか。ほんまいらち過ぎやろ」
「財前、謙也なんぞ構っとらんで早よ言え。さっさと言え。とっとと言え。こっちかて小春おるんやぞ!小春が熱中症んなったらどないしてくれんねん!」
「いやん、ごめんね光!アタシがか弱いばっかりに……」
「今まで炎天下ん中おもっきしテニスしとったくせに今更何言っとるんスか」
「いい加減にして下さい!用がないんでしたらもう本当に帰らせてもらいます!」
「ちょお待て!言うから!メアドや!鳳さんのアドレス知りたいねん!!なあ財前!」
「はっ!?な、のアドレスって、そんな、そんなの教える訳ないでしょう!何を言ってるんですか!」
「謙也さん勝手に余計なこと言わんといて下さい。つかお前。何でお前にそんなん決められなあかんねん。本人何も言うとらんやろ」
「駄目ですよ!駄目に決まってます!ああもう、やっぱり!あの時帰ってれば良かったんだ!」
「だから何でお前が決め……」
「うるっせえ!!!!」
瞬間、全員の動きが止まった。
止めどなく続くかと思われた言い合いもその怒声を切っ掛けに一旦治まり、恐る恐る横を見上げてみれば、やはりというか何というか跡部先輩のこめかみにはふっとい青筋。考えるまでもなく、超絶怒っていらっしゃる……!
「さっきから聞いてりゃ下らねぇことばっかほざきやがって……アドレスだと?何だ、俺様はそんな用件のために今まで待たされてたって訳か?ハッ、ふざっけんじゃねえ。テメェ等と違って俺様の時間は安くねぇんだよ。おい、行くぞ樺地!」
「あっ、ちょ、跡部先輩……」
「お前もだ。これ以上こんな下らねぇことに付き合ってやる必要はねぇぞ」
まあ好き好んで付き合ってやるってんなら別に俺は構わねぇがな、と吐き捨てると跡部先輩はすぐさま踵を返し、一人でさっさと歩き始めてしまった。
どうしよう、なんて思いながらその背を見送っていると、それを静かに追う樺地先輩の姿も視界に入って益々焦る。どうすんの?もうこのまま帰っちゃうの?でも四天宝寺の人達は!?
「跡部先輩の言う通りだよ。、もう帰ろう!」
私が一人でわたわた慌てていると、後ろにいたちょた君が跡部先輩を追って一歩踏みだしそのままの流れでグッと腕を引かれた。思わずちょた君を見上げればその目はもう立ち去る跡部先輩の方しか見ていないし、周りの先輩達を見てもやれやれといった感じで踵を返し始めている。
やっぱこのまま帰っちゃう流れ?なんて少し戸惑いながら振り返れば当然そこには四天宝寺の人達がいて、盛大に眉を顰めた財前さんと今日初めて目が合った。何を言うべきなのか分からず「ええと、あの……」なんて口ごもっていると、ちょた君に「」と咎めるように呼ばれてまた腕を引かれる。
「あー、あの、何かホント、すみませんでした!ちょっと時間ないんで、今日はその、これで失礼します!」
そう早口に言い切ると、逃げるようにして踵を返す。先輩達はもう帰ろうと歩きだしちゃってるし、皆帰っちゃうなら私としてはそれに倣うしかない。でも財前さん益々眉顰めてるし、四天宝寺の人達も困った顔とか残念そうな顔してるし、どうにもいたたまれなかった。もうこうなったらさっさと視界から消えたい!ホントもう早く帰ろう!そうだ、それがいい!
私がきっぱり別れを告げたことで背を押すちょた君の手が少し強くなり、それにつられて足を早めると「おい、ちょお待て」と後ろから制止がかかる。歩みは止めないながらも顔だけ少し後ろに向けると、やっぱり財前さんがじっとこっちを見ていた。
「メールせえ。お前が俺にメールしたらええだけの話や。俺のアドレス、知っとるやろ」
その台詞を切っ掛けに他の人からも「せや、それやったら手っ取り早いやんか!」「こいつちょおキツイとこはあんねんけど、悪いヤツやないねん!頼むわ!」なんて口々に声を掛けられる。必死な声に思わず少し立ち止まりそうになったけど、それに比例するように力を強めるちょた君の手に押されて私はそのまま会場を後にした。
Afterword
超ウルトラグレート以下略が云々の件はザックリ無視。そんな“もの凄いらしい”ということしか分からないぶっちゃけ正体不明な技のお披露目など知ったことか!
『誠の恋をするものは』はこれで一応終わりになりますね。この後どうなるかは後ほど。
2010/05/12