銀の方程式、崩壊 2
「そうですか、お兄さん達とはぐれて……」
納得した、というように苦労人だと思われる眼鏡さん―――柳生さんは神妙な顔で2・3度頷く。
「あ、はい。それで探してたんですけど、えっと……」
言葉を濁しつつ視線を柳生さんの隣へと移すと、柳生さんも同じようにそちらに視線を向けて、困ったような表情で溜め息を吐いた。しかしそのあからさまな溜め息を向けられた人物はそんなものはどこ吹く風といった様子で「あっついのー。もうちょい風吹かんのか風」なんて気だるげに呟いている。
現在私達は、何故かコートから少し離れた芝生の上に並んで座っている。(約1名は寝転がっている)
いや、何故かなんて言ってはみても理由は至極単純なもので、この私を拉致してきた張本人である仁王さんが熱さや日差しに弱いかららしいんだけど。いきなり私と引き合わされて困惑している柳生さんにとにかく自分の事情を説明しようとしたところ、仁王さんは1人でさっさと木陰に避難してしまったのだ。
曰く、こんな日に日向で話し込むなんて自殺行為。そりゃ確かにそうだろうけど、私や柳生さんが困惑して話し込む破目になったのは誰のせいだと思ってるんだと問うてやりたいところだ。一体何のつもりなんですかね、この人。
「仁王君……」
「んー、なんじゃ」
「なんだじゃありません。どうして何も言わずに鳳さんを連れてきてしまったんです?」
「どうしてもなにも、迷子を保護しただけじゃろ。褒められるならともかく、責められる謂われはないと思うんじゃがのう」
「何も言わずに、というのが問題なんです。説明もなしに連れてきては、鳳さんが困惑するのも当然でしょう?それでは鳳さんが言ったように、保護ではなく拉致になってしまいます」
「分かった分かった、俺が悪かった。ぜーんぶ俺が無精したせいじゃー」
すまんかったのう、と仁王さんは大して悪びれる様子もなく謝りながら、暑さを和らげるために自分の胸ぐらを掴むようにしてバサバサと揺らす。そんな様子に「謝意が感じられませんよ」とまた苦言を呈す柳生さんを、分かったから、というようにひらひらと手を振って制すと仁王さんは億劫そうにゆっくりと上体を起こした。
「なあお前さん、何か当てはあるんか?兄貴探す当て」
「え、当てですか?えっと、多分予定通りに観戦してるなら青学の試合を見に行ってると思うんですけど……対戦表とか会場の見取り図を持ってないんで、どうしようかと……」
「ああ、それなら簡単じゃな。ベンチに戻れば対戦表もある。青学が試合しとるコートも特定できるじゃろ」
なあ柳生、と仁王さんが水を向ければ柳生さんも軽く頷いて、その上「少し待っていて頂ければ、そちらまでご案内することも可能ですよ」という有り難い言葉まで添えてくれた。思わぬ親切な申し出に、いいんですか?と思わず聞き返すと「そう言うからにはええに決まっとろーが」と柳生さんが頷くより早く仁王さんが口を開いた。
「おや、では仁王君が鳳さんを送っていくんですか?」
「いーやお前に任せる。生憎、俺は日を浴びすぎると死んでしまう厄介な体質での。今日はもう日光の許容量がギリギリなんじゃ。これ以上動き回れば家に帰り着けんようになる」
ついでに言うと今日はもう仁王君の親切メーターは空っぽじゃ、保護する時に使い切った、と軽口を叩く仁王さんに、柳生さんは苦笑混じりに「貴方という人は……」と呟く。そして仕方がないというように再度溜め息を吐くと、私の方へ向き直り「申し訳ありませんが、鳳さん」と切り出した。
「送っていくとすれば今行っている試合が終わるまでお待たせすることになるのですが、それでもよろしいですか?」
「え?いや、そんなの全然構いませんよ!こちらこそ申し訳ないです……!」
いいんですか?とか言いつつ俄然お世話になる気は満々だからね!いやでも助かりました!よく分からないうちによく分かんないとこ連れてこられちゃったんだし、対戦表とか見取り図見せてもらうくらいできたらなーとは思ってたけど、まさかそこまでしてもらえるとは。
いやー親切な人もいるものだ!とか思いながら「ありがとうございます!」と笑顔でお礼を言えば、柳生さんもにこりと微笑み、その向こうでは仁王さんも「な、悪いようにはせんっちゅうたじゃろ?」と薄く笑った。ええありがとうございますでも今私がお礼を言ったのは主に柳生さんにです!地味に恐ろしい目に遭わせられたこと、地味に根に持ってるからね!
しかしこれで無事に合流できそう!と一安心してにこにこしていると、柳生さんがそれでは、と立ち上がりサッと服についた芝を軽く払う。それから私に手を差し伸べて立ち上がらせると、次いで仁王さんにも早く立つようにと促した。
「そうと決まれば、早速皆さんのところへ向かいましょう。これ以上時間をかけては、真田君に叱られてしまいますからね」
「で?どーしたんだよ、その子」
2人に連れられてコートへとやってきた私を迎えたその人は、興味深そうにそう尋ねながらぷくりと口元に大きな風船を作った。どんどん大きくなるそれはまだ口に入れたばかりなのか、ぽひゅっと柔らかく弾けてその人の口に戻る。
くちゃくちゃと音を立てて咀嚼する様子を見ながら行儀悪いなぁ、なんてぼんやり思っていると、隣にいた柳生さんもそれを見咎めて「丸井君、物を食べる時はきちんと口を閉じるよういつも言っているでしょう」と顔を顰めた。
「おー、わりーわりー。つい癖でさぁ。んで、その子は?」
「あー……、かくかくしかじかじゃ」
「あーなるほどなー、なんて乗ってやんねぇぞこのアホ仁王。そんなんで分かるはずねーだろぃ」
ハショるにも程があるっつの、と呆れ混じりに言いながらまた風船を作り始める。今度は弾ける前に風船を完成させ、あむあむとそれに喰らい付いた。
それが完全に彼の口に戻るころ、その後ろから「どしたんスか〜?」なんて言いながら新たな登場人物が顔を出した。あれだ、練習試合でちょた君の対戦相手だったくしゃっていうかもじゃっていうか、そういう感じの髪の毛の人!
「あれ、誰スかこいつ」
「あー、それ今俺が聞いたとこ。で、マジで誰なわけこの子」
「丸井君、切原君、初対面の方に向かってそのような言い方は失礼ですよ。こちらは氷帝学園の鳳さんです。先日の練習試合でお世話になったでしょう?」
さあ、誰かと尋ねたからには君達もきちんと挨拶を……、と促す柳生さんの言葉は、最後まで紡がれることなく「うっわ、マジかよ!!」という大声に掻き消された。なんというか、大声というよりもはや叫びに近い。その声の主である癖毛の彼は、ぎょっと見開いた目で私を凝視しながら続けて「妹!アレの!!?」と叫んだ。
「うわ、うっわマジ、なんっか見た覚えあると思ったんスよ!お前あのノーコンの妹かよ!!」
うわーうわーと人の顔を見ながら喚くその人を眺めながら、ふう……と重たい溜め息を吐く。シスコンの次は、ノーコンの妹かよ……!まあでもシスコン妹呼ばわりされるよりはマシなのかな……不名誉な呼称には違いないけど。そしてどれだけ不名誉であっても反論できないんだけどね!だってどっちも紛れもない事実だからね!
ていうか客観的な私の認識ってみんなこんななの……?と軽い絶望感を味わいつつ遠い目をしているうちに、目の前ではわあわあ喚いていた癖毛の彼を赤髪のお兄さんが「うるっせーんだよ人の耳元で騒ぐんじゃねえ!」と蹴り飛ばしたり、それに対して癖毛の彼が「ひっでぇ、蹴んなくてもいいっしょ!」と食って掛かったり、という騒がしい攻防が繰り広げられていく。
止めないといつまでも続きそうなそのじゃれ合い(というには些か過激だが)に思わずまた溜め息を零すと、隣に立つ柳生さんのそれとピッタリ重なった。
ほんとに、さっきから親近感湧きまくりだよ柳生さん!
Afterword
関東大会2回戦辺りを想像して書いてますが、詳しいオーダーは無視してます。ファンブックの通りにいくと色々面倒だったので自分で適当に決めました。まあ皆さん大人でしょうし、その辺はサラッと流してくれるだろうと信じてますけどね!ねっ!
2011/03/20