補足の話


『充実の日々』後日談  鳳兄妹



 昼食の時間、5年生の教室の一角で、わぁ!という小さな歓声が上がった。それと同時に、長太郎の広げたオフホワイトのランチョンマットに数人の少女が群がる。

「鳳君のランチョンマットすごーい!」
「キレイだねー」
「うん、ありがと。妹が作ってくれたんだ」

 きゃあきゃあと囀る少女達に、長太郎はえへへ……と照れながらも嬉しそうに笑った。妹から貰ったものを褒められるのは、自分が褒められる以上に嬉しい。
 しかしそれを眺めていた周りの少年達は、えー!と少女達とは正反対の声を上げた。

「男が使うには女っぽくねぇ?」
「ホント、鳳恥ずかしくないのかよ」

 俺なら使わねーけどなぁ、と少年達が馬鹿にしたような態度で笑う。
 それを聞いた少女達が言い返そうと振り向いた瞬間、「そんなことないよ」と長太郎も笑った。

が俺に作ってくれて、嬉しいから使うんだ。俺はこれがいいと思ってるんだから、恥ずかしくなんてないよ」

 はっきりと言い放った長太郎に、少女達は一瞬ポカンとした後再び小さく歓声を上げた。

「鳳君かっこいい!」
「妹さん羨ましいねー。鳳君みたいなお兄ちゃんいて!」

 ホントホント!と持て囃され、長太郎もまた照れたように笑う。
 あっさりと返されてしまった少年達はそれを見てつまらなそうに眉を顰めた。

「……なんだよ、こんなの」

 そう言って少年の一人が長太郎の机を軽く蹴ると、ガタリと揺れた拍子に机の上の食器が倒れた。
 カンッと食器は軽い音を立てて床に転がり、零れた中身は複雑に編まれた白のそれを見る間に変色させていく。

「きゃあっ!男子最悪!何でそんなに子供っぽいわけ!?」
「先生ー!男子がー!」
「あの、鳳君?大丈夫……?」

 床にまで散った給食に周囲がざわつく中、汚れたランチョンマットを見つめたまま動かない長太郎に近くにいた少女が遠慮がちに声を掛ける。
 長太郎はそれに応えることなく「折角、が……」と呟くと、机に向かって一歩踏み出し置かれていたフォークへと静かに手を伸ばした。

「謝って……」
「え、ちょ、鳳……?」
「謝って、俺と一緒に。の前で額を床に擦り付けて」
「お、鳳君?せ、先生!鳳君、鳳君がー!!」
「なあに?一体どうし……え、お、鳳君!?どうしたの鳳君!?ダメよ、やめなさい―――!」


『今日、学校で長太郎君が……』

 学校からわざわざ自宅に電話があったのは、あれが初めてのことでした。




(鳳長太郎、10歳の凶行)




『人ごみが起こした邂逅』後日談  ヒロイン&榊(6歳&36歳)



「さて、君はどんな服が好みかな?」
「ええと、ですね……」

 服の好みは?とか聞かれても正直私はそんなこと言ってる場合じゃなかった。何でいきなり片腕で抱き上げられちゃってんの私!
 さっきから内心ではぴぎゃー!と叫び声を上げ続けているが、移動している人間の腕の上は思った以上に不安定なので思わず首にしがみついてしまった腕を放そうにも放せない。

「では、今着ている服がどこのものかは分かるか?」
「え?どこって……」
「私は独身でね。子供はいないから子供服のブランドには疎いんだよ」

 すまないね、と苦笑と共に謝られてしまい、内心の叫び声がえええええー!という驚きの声に変わった。この人、代えの服なのにブランドもの買う気なの!?私的にはその辺のちょっと大きいスーパーの衣料品コーナーで売ってるような安物で十分だと思ってたんですけど!

「あの、いいです、そんな、ブランドなんて!こんなすこしよごしたくらいで、ふくをかってもらうだけでもわるいのに……!」
「はは、慎み深いんだな。しかし子供がそんな遠慮をする必要はない。受け取っておきなさい」

 はは、じゃねぇって!慎み深いとか深くないとかそういう問題じゃないから!私と貴方、会って数分しか経ってない赤の他人ですから!そんな高価なものとか買ってもらうような間柄じゃないんだって!!気が引けるからやめてぇ!

「ああ、あの店はどうだろう。今の服と系統が似ていないか?」
「いや、なんかディスプレイからしてたかそうなんですけど……!」

 値段のことは気にしなくていい、と微笑みながら店の中に入っていく彼を、抱えられたままの私がどうやって止められただろうか。
 スッと出てきた店員さんの手によりあれよあれよという間に着せ替えられた私は、手早く会計を済ませようとする榊さんに待ったをかけようと足を踏み出そうとしてレジに立つ店員さんの言葉に凍りついた。

「5万1240円になります」

 ぴ、ぴぎゃあああぁあ!
 なんだその値段!馬鹿!意味が分からん!初対面の赤の他人に5万払うやつがあるかぁ!そこ、サラッとカード出さない!!出したカードがブラックでも今はそんなこと突っ込んでやんねぇぞコラァ!!
 なんで子供服一揃いで5万すんの!ていうか何で榊さん私の靴まで買ってんの!?靴は無事だっつの!しかも別にカーディガンもいらないよ!ワンピースだけで十分だよ!!

「さか、さかきさんっ!ごまんって……!」
「ん?ああ、さっきも言っただろう。値段は気にしなくていい」
「でも、このくつとかはべつにかわなくても……!!」
「そちらの方が今着ている服に合うだろう?」

 私が勝手にしたことだ、私のためにも受け取ってやってくれないか?と高そうな財布にカードをしまいながら言う榊さんに、ちょっと眩暈がした。そっか、この人、私とは別の次元に住んでる人なんだ……。
 何を言っても無駄そうな榊さんをぼんやり見つめながら、とりあえずこの後私がしなければならないことは一つだと思った。

 ちゃんと両親にも会って、話をしてもらわないと……!!




(「両親に会って下さい!」と頼みながら、思わず乗り気じゃない恋人に結婚を催促する女みたいだな、なんて思ってしまった……)




『君のためなら百万馬力』後日談  氷帝R陣



「……鳳の野郎はどうにかならねぇのか」
「ンなこと言ってもな……どうしようもねえだろ、アレは……。長太郎なんだしよ」
「あはは、鳳ちょーやつれてっC〜」
「ジロー、笑わんといたれや……」
「もう3日目だもんなー。あ、でも“まだ3日目”って言った方がいいのか?一週間は近寄らせねぇとか言ってなかったっけ、
「7日目にはどうなっとるんか、ある意味見物やんな」
「アンタ何暢気なこと言ってるんですか。あれ以上鬱陶しいオーラ振りまかれたら堪ったもんじゃないですよ。元はと言えば、忍足さんが余計なことをするからこんな面倒なことになったんでしょう」
「もうそのことは言うなや日吉ー。俺かてあん時立海の連中の前で恥かいてんから。今もちゃんにものっそ邪険にされとるんやぞ」
「つか忍足はよりむしろ長太郎に睨まれてんだろ。若が言った通り、が怒る原因作ったのは忍足なんだしよ」
「や、でもあれは跡部にも責任あるやろ。何もあの場で説教することなかったやんけ。立海連中が帰ってからすれば何も問題なかったんやって!」
「勝手に俺様のせいにしてんじゃねーよ。あんな無様な負け方したんだ。きちんと叱り飛ばしてるとこ立海の奴らにも見せとかねぇと意味ねぇだろうが。あいつらに『氷帝ではあんな負け方をしても許されるらしい』なんて舐められでもしたら、それこそ堪ったもんじゃねぇ」
「それやったら、せめてちゃんだけでも後でにしたったら……」
「あ、鳳のヤツ今からサーブ練するみてーだぜ?」
「うわ、わざわざ休憩中に練習とかようやるわ。しかもあんな憔悴しとるくせに……。やっぱ相当気にしとるんか、アイツ」
「そんなことより、早く避難した方がいいんじゃないですか?特に忍足さんなんか、何時偶然を装って故意に狙われるか分かりませんよ」
「テメェが昏倒しようがどうでもいいが、コートに破片ばらまかれたら迷惑だ。そのだせぇ眼鏡だけは外しとけよ」
「え、俺顔面狙われとるん!?しかもそこはコートよか俺の心配するとこやろ!あとナチュラルに眼鏡のこと貶すなや!ほっとけ!」
「ハッ、眼鏡を貶したんじゃねぇ、テメェを貶したんだよ」
「より悪いわボケ!」
「つーか鳳ノーコンなんだし、もし侑士のこと狙ってきたら俺らも超危なくね……?」
「やべぇ、逃げんぞ!つか若てめぇ、一人でさっさと避難してんじゃねーよ!おい、ジロー寝てんじゃねぇ!起きやがれ!!」




(氷帝テニス部の日常)