幼馴染との日常
図書館での戯れ・1 (10歳&8歳)
「国くーん、最近はどうですー?何か面白い本読んだ?」
「ん……そうだな、『ああ無情』を読んだ」
「おおー、王道ですね」
「ああ、長く親しまれているだけあって面白かったぞ。いつかきちんと『Les
Miserables』を読んでみたい」
「うーん、原本ねー……。私も読めるほどの語学力があれば読んでみたいけど……」
「確か氷帝では第二外国語も学ぶことになると言っていっていなかったか?フランス語を選択すればいいだろう」
「いやいや、氷帝だって向こうの文学作品をサラッと読めるようになるほど本気では教えないでしょー。やっぱ私は翻訳してあるのでいいよ。日本語の言い回し好きだしー」
「授業にだけ頼らずとも自分で真面目に学べばいいだろう。外国語の言い回しも学んでみれば……」
「あーあーあー、そういえば家にミュージカルのDVDあったよ、確か!国君見てみる?」
「いや、いい。別に『Les
Miserables』自体が特別に好きな訳ではないからな。海外文学のレトリックに興味があるんだ」
「あー、うん。私もその辺は気になる。分かったらすごく面白いだろうけどねー」
「だから学んでみればいいと言っているだろう。折角そういった機会があるんだ。挑戦してみない手は……」
本棚の奥から聞こえてくる会話に、カウンターに座った司書達は「最近の子は活字離れが酷いって聞くのに、感心ねぇ」と微笑み合う。
よもやそれが小学4年生と2年生の会話だとは、誰も思わなかった。
(手塚少年との幼馴染的日常)
図書館での戯れ・2 (11歳&13歳)
『流石手塚だな』
中学に入って、そう言われることが格段に増えた。
小学校の頃は満点をとるのがそう難しいことではなかったテストがそうでなくなったことが大きな理由であると思う。定期テストという形式に未だ慣れないということもあるのか、俺を含めた数名以外は中々苦戦しているようだった。しかし、何故俺が“流石”という言葉を掛けられるのかが分からない。
“流石”という言葉の意味自体は知っている。『世間から凄いといわれる事実が裏書きされ、感心する』ことを表す。だが俺は成績が良いことなどから自分のことを凄いと思ったことなどなかった。
真面目に授業を受け、家では予習・復習を行い、テスト期間には試験勉強をする。自分が理解出来るまでそれらを行えば、勉強など誰にでもできるはずだ。
それなのに、周囲はその一言で片付けてしまう。その言葉を掛けられる度に、俺は自分の努力がなかったことにされているような気になる。“手塚だから”元々できるのだ、と言われているような気になるのだ。
いつだったか、何かの拍子にそれを幼馴染に零したところ、「うん、でもさ」と彼女は軽く返した。
「国君は実際にすごいと思うよ。勉強ができるとかそういうことじゃなくて、その努力を続けられるのが」
努力し続けるって、そうそうできることじゃないし。その点、国君って『努力すること』の天才だよね。
笑いながらそんなことをさらりと言って、また本に視線を戻す。
いつだってお前はそうやって、俺の心の琴線になんてことない顔で触れるんだ。
(だから君は僕の特別)
図書館での戯れ・3 (11歳&13歳)
「最近ね、刺繍も結構上達したんだよ」
図書館内の、殊更奥まったところにある小さな閲覧スペース。
そこに置かれた長椅子に座って私が今しているのは、珍しいことに読書ではない。たった今話題にしたものと同じ、刺繍である。ちょこちょこと図案通りに針を動かしていくと、真っ白だった布地に鮮やかなプリムラが咲く。
「今度国君にブックカバー作ったげよっか?紫の生地に、金の昇り龍のやつとか!」
時間掛けて頑張ればできるよ!とにっこりしながら国君を見ると、予想通り本から顔を上げて眉を顰めていた。国君って、期待を裏切らない人だなぁ。
「頑張らなくていい。そんな悪趣味なブックカバーなんて欲しくない」
「何真面目に答えてるのさー。そこは『どこのヤンキーの学ランの裏地だ!』って突っ込なきゃ駄目でしょ」
「いやに具体的だな……」
というか、何時の時代の不良なんだ、それは。
そう溢した国君に「うん、それ!そういうツッコミがほしかったの!」と言うと、また眉間に皺が寄った。国君ってホントに可愛い人だ。
因みに、結局国君へのプレゼントは黒リネンにイニシャルと透かしの刺繍を施したシンプルなブックカバーと、それに合わせて作ったブックマークになりました。
(『9232』って縫ってあげようか?という提案も、予想通り即却下されてしまいました。国君は遊び心の分からない人でもあります)