幼馴染との日常


図書館での戯れ・4



 都立図書館の3階。階段を昇ってからすぐ左に入って、奥に行った所にある簡易的な閲覧スペース。純文学の本が並ぶ本棚の近くにあるその場所に座り、私は一人ぼんやりと宙を眺めていた。

 今日は、酷く気分が落ちていた。朝から気鬱になるようなことが妙に重なって、何だか凄く落ち込んでしまっている。
 “塵も積もれば山となる”とはよく言ったもので、ほんの些細なことでもそれが幾つも重なると、どうしようもなく暗い気分になったりするものだ。

 だらしなく足を投げ出して、ぐったりと壁に寄りかかる。そうして長い間本を読むでも編み物をするでもなく只管ぼんやりとし続けていると、不意に棚の陰から国君が姿を現して「ああ、来てたのか」と私に向かっていつものように声を掛けた。

「んー…………」

 いつもなら私も「あ、国君お疲れー」なんて返すところだけど、今は全然そんな気にはなれない。明るい声なんて出せそうにない。
 目も合わせずに適当すぎる返事をしたきり黙り込んだ私を、国君は暫くの間じっと見つめてから何事もなかったかのようにふい、と視線を外していつも通り本棚を物色し始めた。そうして一冊の本を本棚から引き抜くと、持っていた鞄をその辺に置いて何も言わずに私の隣に腰を下ろす。
 パラリ、パラリ、と本を捲る乾いた音だけが一定の間隔で響くのを聞きながら、私はギュッと目を閉じて「ああ、もう、なんなの」と心の中で呟いた。


 いつもだったら、「何なんだその返事は」なんて険しい顔で父親みたいに叱るくせに。
 いつもだったら、もうちょっと間空けて座るくせに。こんなに近くに座らないくせに。
 鈍いくせして、どうしてそうやって察しちゃうかな。


 畜生、と声には出さずに毒づきながら、私も同じように無言で隣の国君に寄りかかった。
 これだから、幼馴染ってやつは。




(普段との違いにすぐ気付いて、それだけで慰められていると分かる私も、きっと同じようなものなんだろうけど)


まるで隣から応援を貰ったみたい。

使用お題  WEB拍手のお題 / Abandon





コンビニでのあれこれ



「いらっしゃいませー」

 外よりも微妙に暖かい店内。少し重ための扉を押し開けてその中へ足を踏み入れると、大分やる気のない声がカウンターの中から飛んでくる。

「もうクーラーじゃなくて暖房の季節だねー」
「まあ、もう秋も半ばだしな」

 漫画やら雑誌やらが置かれている棚を素通りして、真っ直ぐに飲み物の方へ向かう国君の後をちょこちょこ追いかけながらそんな何でもない話をしていたら、急にふと思った。なんか今、アイス食べたい気分かも。
 一度そう思ったらなんだかどんどん食べたくなってきて、どうしようかなぁ、なんて思いながら飲み物を選んでいる国君を見やる。

「ねーねー、国君国君」

 暫く悩んでいた割には烏龍茶なんて無難なものを選んだ国君のシャツの裾をくいくいと引っ張りながら、わざとらしく甘えた声を作ってそう呼びかけると、国君は無言で振り返った。その眉間には予想通りの深い皺。あんまり予想通り過ぎる国君の顔に、うわー嫌そうな顔!なんて思わずにやにやしてしまう。

ねー、アイスが食べたいなぁ」

 確実ににやけているであろう顔のままでこれまたわざとらしくそう強請ると、国君は数秒私の顔を眺めた後、仕方がないと言いたげな様子でふう、と溜め息を吐いた。それから、「……持ってくればいいだろう」とだけ呟いてレジの方へ向かって歩き出す。

「やった、国君かっこいー!」

 えへえへとやっぱりにやけたままアイスのある方へ向かいつつ「国君太い腹!」なんて言えば、「嫌な言い方をするな馬鹿」という声が追いかけてくる。
 あーあ、そんなこと言うならハーゲンダッツ選んじゃおっと。馬鹿なんて言った、国君が悪いんだからね!




(そんでもって、制限をつけなかった国君が悪い!)



コンビニでのあれこれ・2



 道の途中にあったコンビニを目にしたが「コンビニ寄ろう、コンビニ」と言い出したことを切っ掛けに、俺達はそのコンビニのドアをくぐった。
 店員の「いらっしゃいませー」というお座なりな歓迎の言葉を聞き流しながら一瞬どうするかと考えて、とりあえずこれと言った目的もないのでコンビニの後方へ足を向けてみる。少なくとも、入り口付近の雑誌に用はない。
 他愛ない話をしながら辿り着いた冷蔵棚の前で立ち止まると中に並ぶペットボトル飲料を眺めて、どうするか、とまた頭の中で呟いた。が寄ろうと言ったから入っただけなので、特に欲しいものもない。別に無理に買わなくてもいいかと思ったが、暫く考えた末に少し喉が渇いている気がしたので烏龍茶を手に取った。
 それからレジへ向かおうとすると、くっとシャツの背が突っ張る。が裾を引っ張ったんだということは、直ぐに分かった。

「ねーねー、国君国君」

 何かと思って振り向くよりも早く、甘えを含んだの声が背後から聞こえてくる。そのわざとらしさ(きっと分かっていてやってるに違いない)に眉を顰めながら後ろを振り向くと、は俺の顔を見て面白そうに笑った。他の人間なら多少なりとも怯むものを、何だってこいつは面白がっているんだか。
 そんなことを考えながらその顔を見下ろしていると、は少し首を傾げるようにして「ねー、アイスが食べたいなぁ」と続けた。さっき涼しくなってきたという話をしていたというのに、いきなりアイスか。というか、買うのか。俺が。
 暫くそんな思いでを見下ろしていたが、わざとらしいほどの笑みで俺の目を見つめ返してくるにふう、と溜め息が出た。別にたかだか100円や200円、買ってやるくらい訳はないが。

「……持ってくればいいだろう」

 そう呟くように言えば、は今度こそ本当に破顔していそいそと目当てのアイスがあるんだろう場所へ向かって歩き出す。その途中で「国君太い腹!」だの馬鹿なことを言うものだから思わずの背に向かって正直に馬鹿かと口に出すと、「国君が馬鹿とか言うからハーゲンダッツ選んでやったんだから!」と少し高級そうな四角いパッケージのアイスを持ってきた。

 結局その後「はい、国君もー」なんて言って、そのアイスの半分くらいは俺の胃に収まる訳だけれど。




(他のものより少し値が張るだけあって、その抹茶味のアイスは中々美味かった)