「えっと、家族の分は別として……。蓮君とハル君に、長太郎君。学校の人だと侑士君と岳人君と跡部君と……」
1・2・3……と指折り数えながら、愛用している淡い萌黄色のエプロンをつける。最後の1人まで数えて、思わず「今年は急に多くなったなぁ」と半ば感心してしまった。
「やっぱり部活に入った、っていうのが大きいよね……」
用意した材料の量に、そんな呟きが漏れる。家族の他に贈る人といえば蓮君達と長太郎君、それから手習いの先生だけだった去年までと比べると、その量は倍以上だ。結構大仕事になりそう、なんて思う反面、私の頬は徐々に緩んでいった。
このチョコレートの数は、私の大切な友人の数だ。これからも大事に関係を紡いでいきたいと願う、深い関わりを持った人達。その数が増えるということは、素直に嬉しい。
頑張ろう、と気合を入れ直し、背にかかる長い髪を緩く結わえて早速作業に取り掛かることにした。
バターを練って、卵を入れて、アーモンドプードルに小麦粉にコーンスターチ。刻んだ製菓用のチョコが湯煎でゆっくりと溶けるのを確認しながらその生地をさっくり混ぜて、それから溶かし終えたチョコとラム酒を加える。
十分に馴染んだらその濃いキャラメル色の生地をパウンド型に流し入れ、上から胡桃を散らしてそのままオーブンの中へ。そこまで済めば、後は焼き上がりを持つばかりだ。
「うん、チョコパウンドはこれでよし、と」
流し台を軽く片付けて、また次の作業へと移る。今度は抹茶のフィナンシェだ。
去年まではチョコレートを贈る人の数がそんなに多くはなかったため1度で済んでいたけれど、今年はそうもいかなくなった。ボウルの大きさなんかを考慮しても1度に作れる量には限界があるし、どうしても回数を分けて作る必要がある。でもどうせ何度も作るなら、相手の好みによって作るものを変えてしまおう、と和風好きの家族や幼馴染と学校の友人達とで違うものを作ることにしていた。
「先生にお菓子用の抹茶も頂いたし……」
美味しくできそうかな、なんて1人で小さく笑っていると、「?」と後ろから声が掛かる。振り返れば居間と台所を繋ぐ戸のところに母が立っていて、少し不思議そうな顔をしていた。
「母さん、どうかしました?」
「いえね、オーブンを使ってるみたいだから、もう作り終わったのかと思ったんだけど……」
「ああ、今年はちょっと量が多くて。ごめんなさい、台所使いますか?」
まだ何か作るの?と稼働中のオーブンと私の手元にある材料を交互に見る母にそう返すと、母は「ああ、いいのよ。ご飯の準備にもまだ早いし」と優しく目を細めた。でもそれからちょっと悪戯っぽく笑ったかと思うと、「でも、チョコを渡す相手がそんなに増えたのね?」なんて茶化すような目を向けてくる。
「ふふ、義理チョコばかりですけどね」
「中学では部活にも入ったんだもの、仲の良いお友達も増えるわよね。でも早めに終わらせないと、そろそろ若が不貞腐れちゃうかもしれないわよ?」
そう言ってちらりと居間に目を向ける母につられて居間の方を少し覗いてみると、そこには確かに若の姿があった。
パッと見ただけだと本を読み耽っているように思えたが……度々本の角を指先で弄ってみたり、どうにも普段の若らしくない。若は何か好きなことをするとなるととことん没頭するタイプで、他に気を散らすということはほとんどない筈なのに。
「あの子も本当にお姉ちゃんっ子だから……。のバレンタインの準備、いつもより長いですねって私とお義母さんが話してたのを聞いて、気になってきちゃったみたいで。さっきからそわそわしちゃってるのよ」
あれで普通にしてるつもりなんだから可愛いわね、と母が微笑むと同時に、ふと顔を上げた若と視線がかち合う。その瞬間妙にばつの悪そうな顔をして、軽く会釈をした後すぐに手元の本へと視線を落とした若に、思わず笑みが零れる。今の話を聞いた後だと、若の一連の動作が可愛くて仕方がない。
「大丈夫ですよ、今年も本命は若ですから。一番時間を掛けるのも、手間を掛けるのも、若にあげるものです」
自然と緩む頬を隠そうともせずそう言えば、母は「うちの子達の春はまだ遠そうねぇ」と困ったように微笑んだ。
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