誠の恋をするものは 3
「なんちゅうたらええんか……ほんま、すまんなぁ自分。もうここまでくると、俺としても申し訳ないとしか言われへんわ」
なんや変な縁でもあるんかな。
そう呟く白石さんに、私も「かも、しれませんねぇ……」と曖昧な笑みを向けるしかなかった。
初めて遠山君と出会ってから数日。というか、ぶっちゃけ2日しか経っていない。だというのに、私はまた四天宝寺中の人達と顔を合わせていた。初日を合わせ、これで3度目の対面である。要するに、初めての邂逅から私達は毎日(といっても2日だけな訳だけど)顔を合わせているのだ。それも『会場内で保護した迷子の遠山君を引き渡す』という、全く同じ状況で。
昨日は「凄い奇遇だなぁ」で済ませていたが、こんな短いスパンでこうも全く同じことが続くと本当にどんな変な縁があるんだかって感じだ。
そんなこんなで私は昨日と同じように会場の地図と対戦表を駆使して遠山君を四天宝寺の人達がいるコートまで連れてきては、こうして白石さんに頭を下げられている訳である。
なんていうか白石さんって、部長って言うか最早お母さんだよね。うちの子が本当にお世話になりまして……みたいな。しかもなんとなく言い慣れてる感じがまた保護者っぽい。
「ほら、金ちゃんもちゃんと鳳さんにお礼言わなあかんで。毎回時間割いて金ちゃんこと態々連れて来てくれてんから」
「そんくらいワイかて分かっとんでぇ!おーとり、おおきにな!今日のも美味かったわ!」
「……金太郎?お前、今日も鳳さんにたかりよったんか。ただでさえ迷惑掛けとるんやからそんなんしたらあかんて、昨日も俺言うたはずやんなぁ?」
「う゛……せ、せやっておーとりがええて言うたんやで!くれる言うたんや!ワイ何も悪ない!毒手は嫌や!」
「あー、いや、あの、私なら大丈夫ですから。多めに持ってきてた差し入れ少しあげただけなんで」
白石さんと遠山君のこんな会話も含め、この一連のやりとりは昨日とほとんど変わりない。それを適当なところでまあまあと仲裁して、それじゃあ私はこれで、と立ち去るのも昨日と同じ。
しかし私がそうして踵を返した時、初めて昨日と全く違うことが起こった。誰かに腕を掴まれ、コートを離れようとする動きを阻まれたのだ。
一体何だ。ていうか誰だ。
驚いて振り返ってみれば見上げる先にはキラリと光る5色の装飾品。きっと私は一生つけないんじゃないかなぁなんて思っている、つける為には自傷行為に及ばなくてはならないあのアクセサリーが目に入った。
「う、え、あの……」
「…………」
振り返った先にいた予想外すぎるその人に、腕を掴まれた瞬間よりも余程焦りながらもとりあえず口を開いたものの喉から零れるのは意味を成さない音ばかり。え、ちょ、何なのこの人?つか何言えってんだこの状況で!そもそもこの状況って一体何!?
内心相当テンパりながらうろうろと視線を右に左に彷徨わせていると、その人は無言のまま私の前にスッと手を差し出した。その手の中にはどこか馴染みのある深い赤色をした、新しそうな薄めの携帯。ああ、そうだ、この色、時々お父さんが飲んでる良いワインの色に似てる。
自分の置かれている状況が理解できないあまりそんなどうでもいいことを考えていると、頭上から「携帯、出し」と短い言葉が降ってくる。
「え、携帯?何で……」
「別に遠山んこと見つける度に態々お前が来んでも、連絡すればこっちで捕まえ行くわ。せやから、アドレス」
「あ、え?は、はい……」
簡潔すぎて分かりにくい説明を未だテンパッた状態の頭で噛み砕きながら、とりあえず携帯を出すよう求められているらしいということは理解出来たので携帯を探して鞄の中に手を突っ込んだ。何度か左右に手を動かし指先に当たったストラップを引っ張って、淡いオレンジ色の携帯を取り出す。すると受信、と短く指示されて、それからすぐにそのカーマインとパステルオレンジの端末の間で情報が飛び交った。
『財前光』
小さな画面に表示されたその名前と英数字の羅列を眺めながら、少しの間ぽかんとしてしまう。ええと、つまり、遠山君を発見したら、この人に連絡すればいいって?
「ん、もうええわ」
その一言と共に掴まれていた腕を解放され、ほんなら、とまた短い言葉で別れを告げられた。とりあえず、もう帰ってもいいんだよね、これは。
周りでさっきの私と同じように状況がよく分からないという様子でこちらを見ている四天宝寺の人達にペコリと軽く頭を下げ、今し方遠山君と2人で来た道を今度は1人で歩いていく。
ふとまた目をやった手元に浮かぶ『保存しますか?』という端末の問いかけに、何だかぼんやりした思考のままゆっくりと親指で『はい』と答えた。
「え、何なん?今の」
むさ苦しい男だらけのこの場所で唯一華やかといえる存在だった女の子が立ち去ってから、まず一番に口を開いたのは謙也だった。
「ケー番交換したん?」
そう続ける謙也に、問い掛けられた張本人は涼しい顔でカチカチと携帯をいじっている。なあ財前、と名指しされたところで漸く顔を上げると「や、別に」と短すぎる答えを返した。もう再三注意しとることやけど、財前は必要な時に言葉足らな過ぎんねん。言わんくてええこと(むしろ言わん方がええこと)は、何でもズバズバ言いよるくせに。
「別にてなんやねん。答えんなってへんやろソレ」
「交換はしとらん言うことスわ。アドレス教えたっただけです。めんどいやろ、遠山態々届けさせんの」
面倒臭そうにそう答えた財前に謙也は「へぇー……」と呟いて数秒ほど沈黙したかと思うと、ニヤニヤと性質の悪そうな笑みを浮かべながら財前の肩を抱き込んだ。うっぜぇ。思い切り舌を打つ財前の顔にはそんな正直な思いがありありと浮かんでいる。
せやけどここ一年くらいでこの生意気な後輩の態度に既に慣れてしもた(注意しても直らんのにも慣れた、っちゅうんが指導する立場としては悲しいとこやけど)俺らにとっては、そんなもん大して気にするようなことでもないしな。謙也は何かと財前と組んで試合出ることも多いし、特にそうやろ。
「会うたばっかのヤツに自分からメアド教えるとはなぁ……財前、お前どないしたん?」
「はあ?何がッスか」
「そんなん、お前にしたらえっらい珍しいやろ?なんや、財前あの子に惚れたんちゃうか!」
にやにや、へらへら。そんな効果音が相応しい、どう見ても『面白がっています』という表情で財前の行動を揶揄する謙也に「程々にせぇよ」と軽く声を掛けると、分かっているとでも言うようにひらひらと手が振られた。分かった言うて分かっとらんのが謙也やから言うてんねんけど、コイツほんまに分かっとるんやろか。
「あらぁ、恋?ええわねぇ」
「謙也アホちゃうか。その冷血が一目惚れなんかするかっちゅうねん」
小春は色恋の話題に目を輝かせ、ユウジは鼻で笑ったり、とそれぞれ異なる反応でもってそのやりとりを眺めていたが、俺達には全員に共通する一つの認識があった。
“最終的に謙也が財前に素気無くあしらわれて終わるだろう”というそれは普段なら数分といわず数秒後にはまず間違いなく現実となるものだったが、俺達のその考えに反して財前は「はあ?」と一度不快そうな声を上げたきり、ピタリとその場を動かなくなった。あれ、すぐにいつもみたくバッサリいくと思ててんけど。
「……おい、財前?なんやお前、どないしてん?」
同じように反応のない財前を訝しんだ謙也がひょいとその顔を覗き込むと、その途端財前は深い溜め息を吐きながら片手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。次いで聞こえた言葉は「先輩、ほんまうざいッスわ……」といういつも通りの、俺達が予想した通りの言葉。が、言葉は同じでも普段のような刺々しさはなく、若干沈んだような響きを含んでいた。
その勢いのない暴言に謙也も様子がおかしいと思ったらしく、「え、ちょ、ほんまにお前どうかしたんか?」と少し慌て出した。せやから程々にせぇ言うたやろ、と言いたいところだが、これは多分謙也のせいではなさそうだ。大したことは言っていない上、変にしつこかった訳でもない。第一そういう場合の財前の反応とは様子が違い過ぎる。
「財前?どないした、何かあったんか?」
「どうせそんなん言うんやったら、もうちょい早よ言っとけや……」
流石にどうかしたのかと声を掛けてみても、溜め息と共に小さく呟きを零すばかり。あかん、聞いとらんわコイツ。
「……あいつ、もう完璧帰ったやんか」
「え、何が?あいつ?誰んことや?おい、財前」
困惑した様子で控えめに財前の肩を揺らす謙也と、それに構うことなく「あ゛ー……、どーしょーもな……」と呟く財前とを眺めながら顎に手を添え、暫しその意味を考える。
もうちょい早よ言っとけ。
これはきっと謙也の発言に対してだろう。謙也のさっきの発言といえば、『財前がさっきアドレスを教えた子が好きなんじゃないか』という話で、この話をもう少し早い段階で言ってくれればいいものを……と財前は言っている訳だ。
そこにきての「あいつもう完璧帰ったやんか」という言葉。この『あいつ』というのは、“帰った”という言葉から察するに恐らくその財前がアドレスを教えていた子のこと。つまり鳳さんのことだ。
これらの発言の内容を組み合わせると、『財前は鳳さんがいなくなる前に「財前はその子のことが好きなんじゃないのか」ということを指摘をしてほしかった』ということになる。それはつまり、要するに。
その呟きの意味するものを理解した瞬間、「財前、お前……」と思わず呟いてしまった。まさか、あの財前が。
予想していなかった事態になんと言ったらいいのか迷っていると、隣で同じような答えに行き着いたらしい謙也が「はあっ!?」という驚愕の声を上げた。
「ちょ、財前、お前……マジなん?」
恐る恐る、といった感じの謙也の問い掛けに返される答えは「……うっさいスわ」という制止の言葉。
否定の言葉では、なかった。
Afterword
自覚なかったのに、謙也のからかいでうっかり自覚する財前。「うっわ、何やこれ、そういうことか……。どないすんねん、向こうんこと何も分からん。今頃分かってもどーしょーもないやんけ、謙也さんほんま役立たんわ」っていう。
あとなんか、謙也って『ケー番』とか『メアド』って言いそうな感じがします。そんで財前に「その言い方ダサイすわ」とか凄くしらっとした顔で言われてそう。何でか分からんけど、うちの謙也は素でウザイ感じですね。これは財前じゃなくてもうざいわ。
2009/12/22