誠の恋をするものは 4
「でも、ええことやんねぇ。光が恋やなんて……アタシ嬉しいわぁ!」
財前が恋をしたらしい、ということが発覚してから俄然キラキラと目を輝かせ始めた小春が「しかも、一目惚れ!」と高らかに叫ぶ。ユウジがその小春の手をとって向かい合うと、二人は見つめ合いながら「一目会ったその日から……」「恋の花咲くこともある!」と打ち合わせでもしてあったかのように交互に懐かしいフレーズを口にした。
いつもながら、ふっるいネタ出してきよるなぁ。パンチDEデートかい。
「話したこともあらへん子ぉ好きになるやなんて、光も可愛いとこあるじゃないの!もうっ、アタシ応援しちゃう!」
きゃぴっと効果音でもつきそうな仕草でそう言う小春に財前が「ほんまいらんわ……」と低く唸り、その一言に小春と肩を組んでいたユウジが「折角小春が応援したる言うとんのに、何やその態度!」と騒ぎ始める。うっさいけど、まあええか。無気力無関心の代名詞みたいやった財前が、恋したっちゅうんやし。それってつまりイコールで他人に興味持ったっちゅうことやんな。うん、ええことや。財前はウザがりそうやけど、俺も応援派やなぁ。
ぎゃあぎゃあ財前に吠えつくユウジを小春が「ユウ君、めっ!」と叱っている様子をなんとなく眺めながらそんな風に考えていると、突然隣にいた謙也が「そんなん言うとる場合とちゃうやろ!」と声を上げた。何や、謙也も謙也でうっさいな。
「あの子もう行ってもうたやんか!どないすんねん財前、メアド教えただけで向こうのは知らんねやろ?」
もう会われへんかったらどないすんねん!と焦った声を出す謙也は、まるで自分のことのように切羽詰まった顔をしている。その顔は本当に表情全てで「どないしよ!」と訴えていた。
「そんなん言われたかて、どーしょうもないやろ。下らんこと聞かんとって下さい」
どないすんねん、と問われた財前は面倒臭そうに眉間に皺を寄せながら、決まっているとばかりにそう毒づく。既にしゃがんだ状態から完全に地面に腰を下ろして胡坐をかいた状態に姿勢を移し、自分の膝に頬杖をついて不機嫌そうなオーラを垂れ流していた。
お前こそそれ聞いてどないすんねんっちゅうようなこと聞いた謙也も悪いかもしれへんけど、流石に先輩に対してその態度はどうかと思うわ。
「財前、ちょお態度悪いで。しゃんとしなさい」
「しゃんとも何もないッスわ。ほんまほっとけっちゅうねん……」
普段なら俺からの注意は割と聞き入れる(まあ聞き入れる言うても大抵はその場だけのことで、残念ながらちゃんと改められることはあんましないんやけど)財前だが、今はうんざりした様子ではあ、と溜め息を吐くばかりだ。なんや、ほんまに結構重症やな。
せやけど、ほんまどないしたらええやろな。謙也が言った通り、こっちから連絡する手段はあらへんし。応援したるっちゅうても、今の状態では打つ手なし。そうなると……。
「んー、まあ、金ちゃんの動き次第っちゅうことになるんかなぁ……」
今まで鳳さんが俺達のところへやって来たのは3回。その3回とも、全て金太郎を送り届けるということが目的だ。財前が鳳さんにアドレスを教えたのも一応『金太郎を見つけたら連絡してくれ』という名目だし、俺達(というか財前)と鳳さんの接触は金太郎に掛かっている訳だ。運良く会場内で再会しない限り、金太郎が動かないことには話が進まない。しかもそれだって迷子になった金太郎を鳳さんが見つけてくれるという前提の話だ。つまりは、全て運任せ。
再会できんことには応援もできひんな、と俺も軽く溜め息を吐いて、それから俺達の話についていけず一人その辺にいた猫と戯れていた金太郎を手招きして呼び寄せた。とりあえず、今できること言うたら情報収集くらいやろ。
「金ちゃん、ご飯とかも貰たんやし、鳳さんと結構話しとるはずやんな?鳳さんてどんな子やった?」
「おーとり?おーとりはな、ええ奴や!飯分けてくれたし、白石達んこと探してくれたんやで!」
「あー、そかそか。それは分かっとるんやけどなぁ……」
鳳さんが腹を空かせた金太郎に自分の昼食を分けてくれたというのも聞いているし、対戦表やら会場の見取り図やらを使って俺達のいるだろう場所を割り出してくれたということも聞いている。それを聞けば当然『ええ子なんやな』とは思うし、実際話してみてもきちんとした子だった。
聞き方が雑すぎたか、と反省して改めて「ほんなら金ちゃん、鳳さんて名前はなんて言うん?」と基本的なところから聞いてみた。しかし。
「おーとりは…………おーとりや!」
「……いや、せやから金ちゃん、『鳳』っちゅうのは苗字やろ?名前聞いてへんの?」
「聞いたで!ワイちゃーんと『遠山金太郎や!』言うたから、おーとりも名前言うたもん!」
「せやったら、そん時聞いた名前は?」
嫌な予感がしつつも笑顔でそう尋ねると、金太郎も笑顔で「ん゛〜……おーとり、なんとかって言うとった!」と答えた。ああ、やっぱり。『鳳』の発音っちゅうか、イントネーション微妙におかしい時点でちょお危ないと思ててんけど。『なんとか』て、まるきり覚えてへんやんか。コイツ、自己紹介された瞬間『おーとり』で頭にインプットしよったな。
俺がはあ、と溜め息を吐くと、会話を聞いていた謙也達も一緒になって溜め息を吐いた。財前に至っては全くの無表情のまま金太郎の座っているベンチをガンッと蹴り上げ、そのままガタガタと揺らし続けている。やめなさい、とまた溜め息を吐きながら注意すれば、思い切り舌打ちをされた。ほんまに先輩をなんやと思とるんかな、この子は。
「あ、ほんなら金ちゃん!その鳳さんとはどんな話したん?」
それやったら流石に分かるやろ!と謙也がフォローするようにそう尋ねると、金太郎は満面の笑みで「えっとなー」と話し始める。
「飯の話とか、兄ちゃんの話とか、そんなん話したわ!」
「兄貴?鳳さん、兄貴おるんか?」
「おう、おるらしいで!兄ちゃんの試合見に来とるんやって!あ、せや!カセーフさんもおる言うとった!」
「は?カセーフ?」
おーとり、カセーフさんと一緒に弁当作った言うとったんや!と話す金太郎に、「カセーフって……?」と俺達の間で疑問符が飛び交う。が、数秒後にはそれは全て感嘆符に変わった。
「カセーフて、もしかしなくても家政婦やんな!?」
「家政婦おるて、家どんな金持ちやねん!セレブ!?セレブか!?」
「確かに、良いとこのお嬢さんっぽい見た目はしとったけどねぇ……」
“家政婦”という単語一つでわぁわぁと騒ぎ出した謙也やユウジを見て「庶民丸出しやなぁ。まあ庶民なんは俺も同じやけど」なんて思いながら、小春の言葉を受けて鳳さんの姿を思い浮かべる。
鳳さんは客観的に見て、確かに裕福な家の女の子といった感じだ。その整った顔立ちや可愛らしい服装のせいもあるが、少し押しが弱そうというか、なんだかふわふわした感じの柔らかい雰囲気からは上品な家で育ったのかな、という印象を受けた。実際に話してみると結構はきはき喋るししっかりした感じの子だったが、見た目の穏やかな雰囲気が育ちの良さそうなイメージに繋がる。
正直に言ってしまうと、鳳さんはあまり財前が好みそうな女の子には見えなかった。財前のように無愛想な男には少し怯えてしまいそうな感じだったし、財前は財前でそうして怯えられたりすることを殊更鬱陶しく思うタイプだ。それに鳳さんは確かに随分可愛らしい容姿をしていて一目惚れをされることも少なくなさそうな女の子だったが、財前が一目惚れをするとは思わなかった。財前はどちらかというと可愛い子よりも、綺麗なタイプが好きそうだ。とは言っても、財前の明確な好みを知っている訳ではないが。
そんなことをぼんやり考えていると、セレブやセレブ!と騒いでいた謙也達に、低い位置から「うっさいスわ」という平淡な声が投げかけられた。
「だからなんやねん。家がどうとか、そない関係あります?」
くっだらな、と無表情でぼやくように吐き捨てる財前に、謙也達は騒ぐのをやめてポカンとしていた。小春も「光、アンタ……」と口に手を当てて数秒間押し黙る。
「恋、しとるんやねぇ……」
しみじみと呟かれた言葉に普段半眼気味な目をぱちりと開いて驚きを表現した財前は、すぐさま心底嫌そうに顔を顰めた。
「せやから、うっさいんスわ。さっきから……」
財前の口から吐き出される言葉にはやはり、否定の意味は含まれていない。
Afterword
改題しましたー。シェイクスピアの名言『誠の恋をするものは、みな一目で恋をする』に肖って。
「一目惚れ以外本当の恋ではありません」って言われると中々厳しいなーとか思いますが、離婚率50%のアメリカでも一目惚れから結婚至った夫婦は離婚率が10%だという調査結果があるそうで。一目惚れ……中々侮れませんね。
2010/01/24