鳳兄妹の日常
鳳家の日常・3 (6歳&7歳)
「あれ、ちょたくん?」
晴れた休日の昼下がり。
庭の片隅で何やらしゃがみ込んでいる兄を発見した。
「あ、」
「何してるの?」
ひょい、と縮こまっていたちょた君の手元を覗き込むと細長い木の枝が握られていた。
足元には、小さな穴。
「……ありの、す?」
細い棒と、小さい穴。
もしや蟻の巣を突付いて遊んでたんだろうか、ちょた君が。
こんな清廉そうな笑みを湛えながら、こんな子供らしい残忍な遊びもするのか…。
「あ、分かる?うん、ありのすなんだよ」
「ちょたくん……」
別に無邪気な子供にはよくあることだが、この兄がそれをやるのはなんとなく嫌だ。
幼少時には水責めでもまだ温い、と台所から持ち出した油で蟻達を溺れさせた過去を持つ私だが、今の生ではやってないし、と自分を棚上げして「生き物を虐めちゃだめだ」と注意しようとした。
「ありがすを作るのをね、手伝ってたんだ。こうやって少しでもほっておけば、すを作るの楽になるかなって思って」
「え……?」
ありってあんなに小さいのに、すはすっごく大きいのをつくるんだって。たいへんだよね。
あのね……、と私が喋り出す前に、ちょた君はにこにこと笑いながらそう言った。
「……ごっ、ごめんよっ!わたしが、わたしがよごれてたんだっ!けがれてたんだぁっ!!」
「えっ!!?どうしたの!?どこ行くのー!?」
(爽やかな笑顔が目に痛い。心の純度の差か……)
鳳家の日常・4 (11歳&12歳)
ちゅんちゅん、と窓の外から騒がしいほどの鳥の鳴き声が聞こえる。
カーテンの隙間からはもう日の光がきらきらと差し込んでいるが、昨晩「明日は休日!」と調子に乗って遅くまで本を読んでしまったのでまだ眠い。まだ沙代子さんが起こしに来る時間にもなってないみたいだし、もう少し寝ていたいのに……。
ああ、そうだ。この間お母さんが一目惚れして買ってきたバードバス、庭に設置したんだっけ。きっとそれのせいかな、鳥がこんなに元気いっぱいなのは。ちくしょう小鳥さんめ、爽やかに人の眠りを妨げおって……。
布団に潜り込んでも聞こえてきてしまう鳥の声に、仕方なくもそもそとベッドから這い出る。鳥の声で目覚めるなんて凄く良い朝なはずなのに、全然そうは思えない。やっぱ夜更かしなんてするもんじゃないなぁ。
もういっそ意識を覚醒させてしまおうとカーテンを開け、日の光を浴びるためにベランダに身を乗り出す。そうして見下ろした庭では、綺麗な銀色が揺れていた。
「……ちょた君、なにしてるの?」
「あ、おはよう。小鳥に餌をあげてるんだよ」
もあげてみる?
そう言ってパラパラと餌を撒くちょた君の周りにはたくさんの小鳥。バードバスだけのせいじゃなかったか……。
「あー、うん。じゃあ、あげてみようかな」
ちょっと待ってて、と声を掛けてからカーディガンを羽織って部屋を出る。
前言撤回。やっぱ中々の良い朝です。
(あまりにちょた君のキャラに合い過ぎていて、一瞬「狙ってやってんのかこの人」と思ってしまったことは内緒である)
鳳家の日常・5
「ミラ、ミラー、出といでー」
ご飯を盛った専用の器を片手に名前を呼べば、可愛い愛猫は2階へ続く階段からひょいと顔を覗かせた。そしてにゃあ、と一鳴き。
「おいでー。ご飯だよー」
持っていた器をフローリングに置いて手招きすると、手摺の間からぴょんと飛び降りて素直に足元へ寄ってくる。何時見てもうちの子は可愛いなぁ。
ウェットタイプのキャットフードに顔を突っ込むミラの隣に膝をつき、はぐはぐとがっつく様子を見ていると実に癒される。
「ん?もういいの?」
暫く眺めていると、半分ほど食べたくらいでミラは食べるのをやめた。どうやら今日はそこまでお腹が空いていないらしい。
ミラは満足気に顔を洗うと、座り込んだ私の膝にごろりと寝転がる。無防備に曝け出されたお腹をゆっくり撫でると、ごろごろ、と喉を鳴らした。その愛らしい様子に自分の頬が緩むのを感じた瞬間、横からカシャーッ!というわざとらしいシャッター音が。
その音に反応したミラがサッと起き上がって何処かに行ってしまう。ああ、折角気持ち良さそうに寝転がってたのに。
「あ、待ってミラ、行かないで!そのままもうちょっとだけ居てよ!」
「…………ちょた君」
眉を下げながら「何でミラって俺のこと嫌いなんだろう。俺が来るといつも何処か行っちゃうよね」とぼやくちょた君に、思わず溜め息が零れる。『私とミラが戯れる度に、可愛い可愛い騒ぎながら写メろうとするからだよ』という指摘は、無駄なのでしなかった。
(こっちが何でと聞きたい。猫がうるさいの嫌いなのは、ちょた君も知ってるはずなのに)