鳳兄妹の日常


鳳家の日常・6



 朝、制服に着替える手を早めながら、しとしとと昨晩から降り続ける雨を眺め考える。


 晴れの日が好きだ。
 晴れていればテニスが思い切りできる。
 「いくぞ長太郎!」と俺に喝を入れてくれる宍戸さんの背を視界の端におさめ、真っ青な空に放ったテニスボールに向かって思い切りラケットを振り下ろす瞬間の爽快さは他では滅多に手に入らない。


 曇りの日も、結構好きだと思う。
 季節によっては晴れの日よりも過ごしやすくてテニスもしやすい。
 冬だと寒くて少し気が滅入るけど、一度コートに入ってしまえばそんなこともすぐに気にならなくなる。


 ならテニスのできない雨の日は嫌いなのかといえば、決っしてそんなことはなかったりする。



「あーもー!上手くいかないっ」

 ネクタイまできっちり締めてから洗面所に向かうと、やはりそこにはいつもより少しだけ広がりを増したミルクティー色の髪と格闘するがいた。
 俺は気にするほど広がってないと思うんだけど、雨は嫌!とコームを手に鏡を睨むもまた可愛いのでいいと思う。凄く女の子って感じで。

「おはよう、。俺がやるよ」
「あ、おはよーちょた君。お願い〜……」

 雨が降ると、は「そのままだと広がっちゃうから」と普段はあまり縛らない髪をひとつにまとめる。でも曰く広がっている、というその髪は縛るにしても普段と扱いが違って難しいんだそうだ。
 やっぱり俺はきちんと可愛く縛れていると思うんだけど、は納得がいかないらしく「上手くできないの」と言ってはいつも俺を頼ってくれる。それが嬉しくて、朝目覚めた時に雨の音が耳に入ると俺の気分は自然と上を向く。

「…………、どう?」

 軽く梳いてから痛くないよう丁寧にまとめて、仕上げにシュシュをつけてからそう聞くと、はちょっと鏡を覗き込んで「完璧!」と花が咲いたように笑った。
 うん、は今日も完璧に可愛い。



 テニスができなくても、俺は雨の日が大好きだ。




(鳳長太郎、日常の至福)




鳳家の日常・7  (8歳&9歳)



 前より随分上達したヴァイオリンの音をBGMに、ひたすらレース針を動かす。
 ちょた君の弾くヴィヴァルディのリズムに合わせて黙々と編み続けるうちに、次第に目が疼いてきた。

「…………う゛ー、目ぇ疲れてきたー……」

 ちょっと休憩!と座っていたソファに足を引き上げ、くてりと横たわる。ちょっと集中してやりすぎた。
 置いてあったクッションに頭を預けて目を休めていると、部屋に響いていたヴァイオリンの音色がふつりと途絶える。それに気づいてちょっとだけ目を開けると、ひょいとちょた君が私の顔をのぞき込んでいた。

、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっと目が疲れただけだから」
「そう?目薬持ってこようか?」
「平気ー。少し休めば治るって」

 ちょた君は練習続けて、と言うと、ちょた君は素直に頷きまた定位置に戻って弦に弓を滑らせ始めた。ピンと伸ばされた背筋に、ちょた君の姿勢が凄く良いのってきっとヴァイオリンのお陰なんだろうなぁ、なんて考える。あれ、じゃあ一応一緒に習ってる私もそれなりに姿勢良いのかな。そうだといいなぁ。
 取り留めのないことを考えながら、目を休めるためにまた目を閉じる。

 こうしてちょた君の演奏を聴きながら趣味に没頭するのは、私の一番好きな休日の過ごし方の一つだったりする。
 その趣味は今みたいにレース編みや刺繍だったり、読書だったり、同じようにヴァイオリンだったり、色々だ。結局はどれでもいいんだけど、ちょた君の音を聴きながらだと落ち着く。

 目を閉じたままちょたくんの気性そのままの音に浸っていると、なんだかうとうとしてきた。するとまたふつりと演奏が途切れる。

「……ちょた君?」
「うん、ちょっと待ってて」

 そう言ってヴァイオリンを優しくケースに横たえると、ぱたぱたと部屋から出ていく。数分も掛からず再び部屋に戻ってきたちょた君の手には、ブランケットが抱えられていた。

「寝ちゃってもいいからね」

 ブランケットを掛け、私の前髪を柔らかく撫でるとまたヴァイオリンに手を伸ばす。部屋を満たすちょた君の音に、ゆっくり目を伏せた。
 ルームサシェ、この時間で完成させるつもりだったんだけどな。




(11月23日が『いい兄さんの日』らしいから、ちょた君にあげようと思ったのに)




鳳家の日常・8



「……ちょた君……?」
「うん?どうかしたの、?」
「あ、いや、借りた楽譜を、ね」

 返しに来たんだけど……と言いながら薄く開けたままだった部屋のドアを閉め、勉強机の方へ歩み寄るとちょた君はくるりと椅子を回してこちらに向き直る。ありがとう、とお礼を言いながら楽譜を受け取るちょた君には悪いが、私の視線はちょた君ではなくちょた君がさっきまで向かっていた勉強机に注がれていた。

「ちょた君、これ……何……?」
「これ?宿題だよ。本当は国語の時間に書き上げるはずだったんだけど、書き終わらなくて」

 次の時間までに出さなきゃいけないんだ、と話すちょた君の前には、途中までしか埋まっていない1枚の作文用紙がある。そして、その横には堆く積み上げられた作文用紙の山が。
 学校から帰ってきてからずっと部屋に篭もってると思ったら、こんなことしてたのか……。

「えーっと、一応、聞くけど……作文、だよね?」
「うん」
「小説とかじゃなくて?」
「うん、作文だよ」
「そうなんだ……」

 高さ何センチなんだというような紙の山をしげしげと眺めながら、字数制限なかったのかな、なんて考える。いや、そうじゃないだろ自分。突っ込むべきとこ、そこじゃない。
 まだ書き終わってないとか、どんな超大作書いてんの。ていうかこの大量の原稿用紙は一体どこから。聞きたいことは色々思い浮かんだが、私はとりあえず「こんなにいっぱい、何書いたの……?」という無難な疑問をちょた君にぶつけた。

「『家族』がテーマなんだ。『自分の家族について作文を書きましょう』って、先生が」

 ああ、それで。
 返ってきたその答えだけでほとんどの疑問が解決してしまう程度には、私のちょた君の妹歴は長かった。




(勿論、内容は9割9分妹について)


制限数を超える想い。

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